後藤健生の「蹴球放浪記」第293回「日本代表も経験した川中島の戦い」の巻(2)初出場のW杯「スタジアムに入れない」日本人サポーター、イタリアW杯「一次予選を戦った」北朝鮮のスタジアムの画像
メーデー行事の招待券。日付(1985年5月1日9時)の上に「場所 綾羅島遊園地」、招待者(最下行)は「朝鮮職業総同盟中央委員会」とある。提供/後藤健生

 後藤健生は前回の「放浪記」で、サッカーと川の「深~い」関係について語った。今回は、川や海と関係の深いスタジアム、そして日本代表が戦った「2度」の川中島の戦いについて筆をとる。

■初出場のW杯での「忘れられない」風景

 アジアを転戦して、最後にジョホールバルでの第3代表決定戦でイランを破って、ようやく出場権を獲得した初めてのワールドカップ。その初戦が、ワールドカップ2度優勝のアルゼンチンと決まりました。期待とともに恐怖も感じていました。アルゼンチンとはそれまでにも親善試合で対戦したことはありますが、はたして、本気のアルゼンチンとどこまで戦えるのか。大量失点してしまうのではないだろうか……。

 しかし、日本は善戦。エースのガブリエル・バティストゥータにこぼれ球を決められ、内容的には完敗でしたが、スコアは0対1でした。

 この試合の光景は今でもよく覚えています。場内には両国国旗を描いたボードが配られていましたが、日の丸を掲げる人が多く、まるでホームゲームのような光景でした。

 そして、入場券を持たずにトゥールーズにやって来たサポーターが、スタジアムを取り囲んでいました。入場券の空売りがあって、観戦旅行を企画したものの、入場券をゲットできない旅行会社が続出。観戦旅行を断念した人もいましたが、入場券なしに現地に赴いた人がたくさんいたのです。

 僕はメディア用のシャトルバスでスタジアムに向かいました。いよいよスタジアムが近づき、ガロンヌ川に架かる橋を越えるあたりで声援を送る大勢の日本人サポーターの姿を目にして、何か申し訳ないような気がして仕方がありませんでした。

 ちなみに、2007年のラグビー・ワールドカップでも日本代表がトゥールーズで試合をしています。こちらもフィジーに惜敗でした。

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