■再試合のための「費用がない!」

 さて、延長戦は目新しいものではない。世界最古のサッカー大会であるイングランドのFAカップが始まった頃には「延長戦」はなく、90分間が終わって同点の場合には「再試合」あるいは「両チームとも次のラウンドに進む」という規約だった。

 1871/72シーズンの第1回大会では、準決勝2試合がともに引き分けとなり、ロイヤル・エンジニアズとクリスタル・パレスは「再試合」が行われたが、ワンダラーズとクイーンズ・パーク戦は、クイーンズ・パークが棄権し、ワンダラーズが決勝戦に進んだ。そしてロイヤル・エンジニアズを1-0で下して栄えあるサッカー史初の優勝チームとなった。

 クイーンズ・パークは、現在、斉藤光毅選手が所属する「クイーンズ・パーク・レンジャーズ(QPR)」のことではない。1867年に創立されたスコットランド最古のクラブであり、スコットランドの「ナショナル・スタジアム」である「ハムデン・パーク」を長く所有していた名門である。もちろん、当時は「スコットランド最強」だった。しかし再試合のためにもう1度グラスゴーからロンドンに遠征する費用がなく、「再試合」は不可能だった。

 実はクイーンズ・パークは試合会場についての合意ができず、1回戦から3回戦まで1試合も戦うことなくこの準決勝に進出していた。相手が「再試合」ができないことを知ると、ワンダラーズはその場で「30分間の延長戦をしよう」と提案した。しかしクイーンズ・パークは、その申し出に深く感謝しつつ、丁重に断った。

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