
10年以上に及ぶシリアの内戦が終結を迎えた。かつて、サッカージャーナリストの後藤健生は、ワールドカップ予選観戦のために現地を訪れたことがある。その際、親切にしてくれた人々は、どうしているのか? サッカーを通じて生まれた縁と新生シリアの今後に思いを馳せる。
■残っていた「聖書」の世界
ダマスカスは紀元前10世紀という古い時代からの長い長い歴史のある都市で、7世紀に最後の預言者ムハンマドによってイスラム教が創始されてしばらくすると、イスラム世界全体を支配するウマイヤ朝の都となりました。当時のイスラム世界は中世ヨーロッパを凌ぐ力を持っていましたから、世界の中心的地位にあったとも言えます。
市内を歩くと、イエス・キリストが盲目の者の目を治した場所とか、イエスの死後、パウロ(サウロ)が回心(キリスト教への改宗)をした「まっすぐな道」(ローマ時代のメインストリード)などがあります。
世界最大のモスクの一つであるウマイヤド・モスクは、もちろんイスラム教の聖地ですが、イエスに洗礼を授けた聖ヨハネの首が発見された場所であり、また、最後の審判のときにイエスが再臨する場所だとも言われています。
要するに、イスラム教だけでなく、キリスト教徒にとっても重要な聖地なのです。ヨーロッパからの観光客が、熱心に聖書の世界を回っていました。