現在、多くの人がサッカー日本代表を応援している。だが、かつてはサッカー自体に注目の集まらない時代があった。その時代の生き証人、蹴球放浪家・後藤健生は1990年イタリア・ワールドカップで、「当事者」として奮闘していた。
■前回優勝アルゼンチン対カメルーンで開幕
大会期間中、1か月にわたって同じホテルにずっと滞在するのでは飽きてしまいますから、前半はミラノ、後半はローマに泊まる日程にしました。グループリーグの試合をたくさん観戦するためにも、前半は北部にいたほうが便利という理由もありました。
6月8日に前回優勝のアルゼンチン対カメルーンという試合(カメルーンがアルゼンチンを倒して、“旋風”を巻き起こします)で幕を開けたグループリーグは、6月21日に終了。翌22日はお休みで、23日にはラウンド16が始まります。
ですから、前半だけ観戦の参加者は6月22日にミラノのマルペンサ空港から帰国の途に就き、一方、後半だけ観戦のグループは同じ22日にローマのフィウミチノ空港に到着することになっています。
そして、全期間観戦の人たちも、同じ日にミラノからローマに移動します。
“添乗員”としては、腕の見せどころ。6月22日は、とてもとても忙しい1日となりました。