新年に入った。時代は変わった。カタールワールドカップも過去の話だが、20世紀を振り返ると、まさに隔世の感がある。蹴球放浪家・後藤健生が訪れた1980年のヨーロッパ選手権の開催地イタリアは、まさに別世界だった。
■日曜日の大問題
6月15日の早朝にトリノの「ポルタ・ヌオヴァ駅」に到着しました。
問題は、それが日曜日の朝だったことでした。イタリアの地方都市では、日曜日はすべてが休みだったのです。両替所や銀行も例外ではありません。
駅のインフォメーションは開いていたのでそこで駅の近くのペンションを予約してから、「どこで両替ができるかな?」と訊いたのですが、「不可能」と言われました。それでも、インフォメーションの担当者があちこち当たってくれて、ようやく駅前のバールで両替してくれるということになりましたが、非常に悪いレートで両替せざるをえなくなったのです。
今では、EU(欧州連合)のほとんどの国で通貨が統合され、ユーロになっています。しかし、1980年はまだEUではなくEEC(欧州経済共同体)の時代。ユーロが流通し始めるのは20年以上後の話です。当時のイタリアではリラが使われていました。