■被害者になった審判
「被害者」は「ワールドカップ出場を盗まれた」アイルランド協会にとどまらなかった。アンリは殺害予告を受け、フランス代表も大会前の準備合宿中にチーム内に不和が起き、南アフリカの舞台では1分け2敗というさんざんな成績で早ばやと敗退した。
主審のハンソンは欧州でも評価の高いレフェリーで、2010年ワールドカップの主審の任命を受け、第1副審のステファン・ビットベリもいっしょに任命されたが、「アンリのハンドを見落とした」第2副審のニルソンは選ばれず、代わってヘンリク・アンデルソンが「チーム・ハンソン」の一員となった。そしてこのチームは南アフリカではいちどもピッチに立つことなく、グループステージの5試合で「第4審判」と「第5審判」を務めただけで帰国したのである。
今日のビデオ・アシスタントレフェリー(VAR)があれば、マラドーナの「神の手」もアンリのハンドも絶対に見逃されることはなかっただろう。その意味では、VARはサッカーに正義をもたらす「夢のシステム」ということができる。だが今度は、「見えすぎる」ことが大きな混乱をもたらしているように思えてならないのである。