サッカーを文化としてとらえ、その他の国民性と結びつけて論じられることがある。果たして、その考え方は正しいのか。蹴球放浪家・後藤健生は、各国のバス運行とサッカーの関係性について考える。
■優しくなった最近のサッカー
最近のサッカーを見て感じるのは、「昔に比べてずいぶん選手に優しくなったんだなぁ」ということです。
選手が怪我をして倒れると、すぐに相手チームがボールを外に出してプレーを止めてくれます(レフェリーが笛を吹いてくれることもあります)。あるいは、シューズの紐がほどけてしまうと、レフェリーは紐を結びなおすまでプレーを止めて待っていてくれます。
昔のサッカーは(あるいはフットボールは)もっと荒々しいものでした。
選手が怪我をしてもよほどの重傷でない限り、すぐには止めてくれませんでした。シュートがはずれてゴールキックになるなど自然にプレーが止まってから、ようやくドクターが呼ばれるのです。靴の紐が緩んだ場合も試合はそのまま進行されてしまいます。焦れば焦るほど、靴の紐がうまく結べないで困ってしまうものでした。
すぐに試合がストップしてしまうというのでは、試合のテンポが失われてしまいます。もちろん、ファン、サポーターにとっても好ましいことではありません。
選手の安全第一なのは当然ですが、他に方法はないものなのでしょうか? たとえばラグビーのように、プレー続行中でもメディカルスタッフがピッチ内に入れるようにルールを変えられないものでしょうか?
あるいは、メディカルレフェリーを置いて、選手が倒れたら状態を確認してプレーを止めるべきかどうかを判断するようにしたらどうでしょうか?
ましてや、シューズの紐がほどけたなどというのは、まさに自己責任なのですからいちいちプレーを止めてやる必要はないでしょう。