■「絶対王者」のスタート地点
この数年、「絶対王者」として日本のサッカー界に君臨しているのが川崎フロンターレだ。けっして走り急ぐことなく、しっかりパスをつなぐことでゲームを支配する独特の川崎のサッカー。その基礎を築き上げたのが風間八宏監督だった。
風間が川崎の監督に就任したのは、2012年の4月ことだった。それまでは、筑波大学の監督として、毎年のように素晴らしい選手を育て上げていた風間だが、Jリーグの監督に就任するのはこれが初めてだった。
期待感も大きかったが、同時にプロ・クラブの監督として成功するのかという疑問もあった。
何よりも、風間のサッカー観は独特のものだった。高校時代にほとんど無名だった選手たちを集めて大学のトップクラスに育てていくのと、すでに地位とプレー・スタイルを確立したプロ選手たちを指導するのではかなりの違いがあるのだ。
風間監督らしいサッカーは垣間見えたものの、新しいコンセプトが定着するのにはやはり時間がかかった。風間体制は5シーズンにわたったが、リーグ戦の順位は8位、3位、6位、6位、3位だった。
さて、風間監督は新しい風間流のサッカーを川崎に導入するために何をしたのか。もちろん、最も大切なのは毎日のトレーニングだった。だが、同時に風間監督のサッカーを熟知している選手を何人も加えてスタイルの定着を図ったのだ。
一つは筑波大学時代の教え子たち。2013年にはMFの森谷賢太郎(横浜F・マリノスからの移籍)、2014年には現在、川崎の主将を務めているDFの谷口彰悟、2015年にはやはり現在も川崎の主力となっている車屋紳太郎が筑波大学を卒業してそれぞれ入団している。
もう一つ、風間のサッカーに少年時代から慣れ親しんでいた選手たち。つまり、風間の長男である風間宏希(現・ザスパクサツ群馬)と次男の風間宏矢(現・ジェフユナイテッド千葉)も川崎に加わった(2人の入団が発表されたのは風間監督就任直後の2012年7月)。