■リーグ破綻の危機を救った地域の力

 残念ながら、この言葉を考え出したのが誰だったのか、私は知らない。初代チェアマンとなる川淵三郎さんだったのか、それとも当時の日本サッカー協会役員だったのか、あるいは、リーグ準備に奔走していた事務局のメンバーだったのか。しかしこの言葉は、その後のJリーグの方向性やベースとなる考え方を見事に表すものだった。Jリーグの理念も、この言葉を触媒にしてイメージが広がった。純粋な「興業」としては、誕生してからわずか5年ほどで破綻しかかっていたJリーグ。それを救い、その後の発展につなげたのは、まさに「ホームタウン」という言葉だった。

 ちなみに「チェアマン」という言葉を考え、川淵さんに推したのは、東京(1964年)、メキシコ(1968年)両オリンピック時の日本代表コーチで、「Jリーグ開幕前夜」のこの時期にはIOC委員として世界を舞台に活躍していた岡野俊一郎さんである。社団法人の代表者の法的な呼称である「理事長」という言い方に違和感を感じていた川淵さんは、岡野さんの提案に新時代のひらめきを感じ、即座に採用を決めた。

 このような経緯をもつJリーグの「ホームタウン」は、地域に立脚し、地域に支えられるというJリーグクラブの姿を象徴するという多分に観念的な意味あいだけでなく、プロスポーツとして、その地域内での事業の権利を守る「フランチャイズ」の考え方も併せもっている。だからJリーグ規約という公的な文書にホームタウンと活動区域が明記されているのだ。

 ただ、近年ではこうした「地域独占権」が独占禁止法に抵触するのではないかという話もあり、Jリーグでは何らかの見直しに迫られていた。そして何より、クラブ側から「他クラブホームタウンでの活動制限の一部撤廃を」という希望が出てきた。今回、10月19日に発表された新方針は、こうした制約を一部撤廃するというものだった。

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