後藤健生の「蹴球放浪記」連載第55回 EURO1996「オールド・トラッフォードの魔法の穴」の巻の画像
EURO96のADカード。図柄はスタンリー・マシューズ 提供:後藤健生
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インターネットってやつは、急につながらなくなることがある。何者かが侵入して、パソコンがダウンしてしまうことだってある。真に仕事のできるサッカー・ジャーナリストとは、このような危機的状況をやすやすとクリアする者のことではないだろうか。かつてモバイル黎明期に、通信費無料でそれをやり遂げた猛者がいた……。

■雨が降ってもインターネットがあれば

 海外で取材をして原稿を送るという仕事をしている僕たちにとって、通信手段の確保が最大の課題です。

 天気が悪くなってくると、「伝書鳩は、ちゃんと飛んでくれるのだろうか……」といつも心配になったものです……。もちろん、これは冗談です。僕はさすがに伝書鳩とか狼煙は使ったことがありません。

 僕が初めてワールドカップの取材に行くようになったころには、もっぱらメディアセンターやホテルのFAXを使って手書きの原稿を送っていました。この頃はすでにFAXというのは確立された技術だったので、「FAX代が高いな」と思ったことはあっても、接続で苦労するといったことはあまり記憶にありません。

 いちばん苦労したのは、その後、メールで原稿を送るようになってからのことです。最初は電話回線を使う「ダイヤルアップ」という方法で接続しましたが、この頃がいちばん大変でした。モジュラージャックにプラグを差し込んで接続するのですが、タイのバンコクの安ホテルの1室で爪切りとバンドエイドを使って電話工事をした思い出については、すでにご紹介しましたね(『蹴球放浪記』第35回「バンコクで電話工事」の巻)。

 各国にアクセスポイントというのがあって、そこにかけて接続すれば電話代はそれほどかかりませんが、それでうまく接続できない場合には国際電話で日本のアクセスポイントにつなげる必要も出てきます。そんなことをしていると、通信費がかさんで原稿料なんてアッと言う間に吹っ飛んでしまいます。

 その後、LANが主流になって、イーサネットのケーブルを差し込むだけでインターネットにつなげられるようになって、「なんと便利なものだろうか」と驚いていたのですが、ほんの数年で無線LANが主流となってきて、最近のPCにはLANケーブルを差し込む穴も見当たらなくなってしまいました。

 さて、今回はその電話回線を使っていた時代のお話です。モジュラージャックにプラグを差し込んでPCで設定して番号を入れると接続できるはずなのですが……。

 1996年にはイングランドでヨーロッパ選手権(EURO)が開かれました。「フットボール・カミングホーム」がテーマで、会場は決勝戦が行われたウェンブリー・スタジアム(改築される前の昔のウェンブリー)をはじめ、オールド・トラッフォードやアンフィールド、セント・ジェームス・パークといった歴史のあるスタジアムばかりでした。

 ただ、ここでもやはり「ダイヤルアップ」には苦労させられました。

 この大会では僕はマンチェスターの中央駅であるピカデリー駅前にある安ホテルにずっと泊っていて、そこから各都市に通っていました(近くには安くて美味しいインド料理屋があって、店のオーナーのインド人ともすっかり顔馴染みになりました)。

 そのため、オールド・トラッフォードにあるメディアセンターを使って通信をすることが多くなったのですが、ある日、原稿を送ろうとしたのですが、なかなかつながらなくなっていました。テレフォンカードのようなものを持っていたのですが、その番号を入力してもそれが認識されないらしいのです。

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