後藤健生の「蹴球放浪記」連載第36回「やっぱり、アルコール度数が高い方」の巻の画像
アイルランド対アルゼンチン記者席入場券 提供:後藤健生
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アイルランドでもっとも人気のフットボールは、サッカーでも、ラグビーでもなく、ゲーリック・フットボールらしい。理由は、愛国心か。では次の究極の二者択一を迫られたらどちらを選ぶだろう。スタウトか、アイリッシュ・ウイスキーか。後藤さんに迷いはなかった……。

■最も大きなスタジアムは民族スポーツのために

 アイルランド共和国の首都ダブリンを訪れたのは、1998年4月のことでした。目的は、アイルランド対アルゼンチン戦でした。

 1998年……。フランス・ワールドカップの年です。日本代表がついに初めて出場するフランス・ワールドカップの相手がアルゼンチン、クロアチア、ジャマイカと決まりました(対戦順)。その対戦相手を見ておこうというわけです。2月にはアメリカのロサンゼルスなどで開かれたCONCACAFゴールドカップにも行ってジャマイカを見てきました。

 アイルランド対アルゼンチン戦の会場はランズダウン・ロードという伝統的なイングランド・スタイルのスタジアムでした。その特徴はメインスタンドの下を鉄道の線路が通っていること。おかげで駅(スタジアムと同名のランズダウン駅)からも歩いてすぐという好立地です。

 現在、このスタジアムは全面改装されて、ラグビー、サッカー共用の「アビバ・スタジアム」となっていますが、当時のランズダウン・ロードはアイルランド・ラグビー協会(IRFU)が所有していました。サッカー協会(FAI)が借りて使っていたのです。

 ちなみに、サッカーの世界では英領北アイルランドとアイルランド共和国には別々の協会がありますが(北アイルランドはIFA)、IRFUは南北アイルランド全体を統括しています(そのあたりの事情は、昨年のラグビー・ワールドカップの時にだいぶ報道されましたが、覚えてますか?)。

 アイルランドでは伝統的にサッカーよりラグビーの方が盛んで、サッカー人気が高まったのは1980年代後半にジャッキー・チャールトン監督の下で代表が強化されてからのことでした。だから、ラグビーの方が大きなスタジアムを持っていたので、国際試合の時はサッカー協会がランズダウン・ロードを借りて使っていました。

 じつは、ダブリン市内にはクローク・パークという8万人収容の近代的なビッグスタジアムがあります。しかし、これはサッカーでもラグビーでもなく、ゲーリック体育協会(GAA)という組織の持ち物なのです。アイルランドの伝統的なスポーツを推進する団体です(ゲーリックとは「ゲール人の」という意味。アイルランドやスコットランドに住んでいたケルト系の先住民族のこと)。

 アイルランドは長い間英国(つまりイングランド)の植民地でした。植民地時代のアイルランドは大変に貧しく、ジャガイモが取れない年には飢饉が起こり大勢の人が亡くなることがありました。貧しさから逃れるため、多くのアイルランド人が北アメリカ大陸などに移民として渡って行きました。2021年1月に大統領に就任する(たぶん)ジョー・バイデン氏もアイルランド移民の子孫だそうです。

 サッカーも、ラグビーもイングランドで生まれたスポーツです。だから、独立運動に携わっていたアイルランドの愛国者たちはサッカーやラグビーをプレーすることを拒否します。そして、民族の伝統的なスポーツであるゲーリック・フットボールやハーリングなどをプレーしたのです。それを統括していたのがGAAなのです。

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