■マラドーナという唯一無二の存在
実は、僕はこのワールドユースの前に同年夏のアルゼンチンの欧州遠征のビデオを手に入れて、前年のワールドカップ優勝メンバーの大半が残り、メノッティ監督が率いたアルゼンチン代表がオーストリアやスコットランドと戦う試合の映像を見ていた。
18歳になったマラドーナは、そのチーム、すなわち世界チャンピオンチームの中でも中心だった。攻めている時には前線で得点を狙うプレーをしているが、いったん形勢が悪くなるとマラドーナはスーッとポジションを下げて後方でパス回しの中心になって、ボール保持率を高めることによって流れを取り戻すと、再び何事もなかったかのように前線に戻って再び攻撃に加わっていく。
つまり、ワールドチャンピオン・チームの中で18歳の若者がゲームを作っていたのだ。単にゴールを決めたり、得点をアシストするのではなく、ゲームの流れを読んで、自在にポジションを変えてゲームをコントロールする。それがマラドーナだった。
「ゲームを読み切る力」。これこそが、マラドーナが最高のサッカー選手と言われる所以なのだ。
ボール・テクニックのうまい選手なら、アルゼンチンには掃いて捨てるほどいる。
2001年にトリニダード・トバゴでUー17世界選手権が開かれた時のことだ。ハビエル・マスチェラーノやマキシ・ロペス、カルロス・テベスなどがいたアルゼンチンの試合の後、ある地元の記者がその試合で活躍したテベスについて「マラドーナみたいじゃないか」といった質問をした。社交辞令のつもりだったのだろう。
すると、Uー17アルゼンチン代表のウーゴ・トカリ監督(ホセ・ぺケルマンのアシスタントをしていた指導者)が本気で怒りだしたのだ。
「何を言うか! マラドーナというのは唯一無二の存在(ウーノ・ソロ)なのだ!」と。
マラドーナが「神」と崇められるのは、ボール扱いがうまいとか、ドリブルで5人を抜いてゴールを決めたからではない。
ボール・テクニックだけを比べたら、リオネル・メッシはマラドーナに匹敵するか、おそらくそれを上回る選手だろう。
しかし、メッシは自身の力だけでゲームの流れを変えてしまうことはできない。メッシは、FCバルセロナという精密機械の中の重要なパーツではあるが、代表では輝くことがない。今年の夏にメッシがバルセロナを退団するという噂があったが、メッシは他のチームに行っても輝くことができただろうか? 僕は難しかったと思っている。
だが、マラドーナはどんなチームに入っても、そのチームでチームメートの能力を最大限に引き出しながら、チームをまとめ上げ、最適解の戦術を導き出し、そしてゲームを組み立てて勝利に導いていくことができる。ゲームの流れを読み尽くし、チームをコントロールしてチームを勝利に導くことができる。それが、マラドーナという存在なのだ。