クロス1本と言ってしまえばそれまでだが、川崎の攻撃の質の高さはこのクロス1本にも表れている。クロスを上げる際、クロッサーの時間とスペースを作るために2人(この場合は脇坂と山根)がいる。脇坂は中央でピン止めして相手をひきつけ、山根は右斜めに動いて相手を引っ張ろうとすると同時に、相手DFの視線をも引き付ける。そこに、ストライカー小林悠がニアに侵入してくる。この段階で、小林は自分へのクロスは来ないと分かっていたはずだ。いや、自分の走りによって相手を引き付けてスペースを作ることができ、味方の得点が生まれると信じて走った。
家長がボールを受けてからすぐにクロスを上げなかったのは、判断に時間がかかったのではなく、小林が走り切った段階であれば、ゴール前のファー部分にスペースができることを知っていたからだ。そこに、旗手が入ってくることで決定機になるはずだと。
しかし――結果からいえば、旗手は走らなかった。川崎にとっては、これは嗅覚の問題ではない。攻撃において絶対に共有すべきイメージなのだ。チームとして得点を得るために、複数人が“ムダな動き”をする。小林が怒声を放ったのは、旗手がチームの一員としての動きを怠ったからなのだ。
この試合でもそうだし、これ以前の試合でもそうだが、旗手が遠目からシュートを放っても、あるいは、そのシュートがまったく的外れでも、まだ早いかなと思う場面でのシュートでも、小林は旗手に怒ったりしない。むしろ、親指を上げて、旗手を優しく包容する。
小林は後輩の判断を尊重する。ただし、チームとして動かなければいけないときに動かないことには、しっかりと言を発する。
今の川崎は誰が出ても強い。このことから選手層が厚いといわれるが、小林のようなベテランがしっかりと後輩にイメージを共有させていることが大きい。誰が出ても、何をすべきなのか、あるいは、どういう絵を描けばいいのかが分かっているから、力を発揮できるのだ。
小林は75分に交代してピッチを去った。代わりに入ったLダミアンは、77分に早くも得点を挙げた。2得点して追いすがろうとするC大阪に引導となる一発だ。ダミアンが喜びを爆発させるのも当然だが、そのダミアンは、ゴールをおぜん立てしてくれたMF三笘薫に“お礼”を伝えると、すぐにベンチに走っていった。そして小林とグータッチで喜びを共有したのだ。