■独特なカシマスタジアムの構造
1層式か2層式か、というのはいわばスタンドの立体構造の問題だが、次に平面的なスタンドの配置について考えてみたい。
無観客試合の映像を見ていればすぐに分かるように、スタンドには直線的な構造とカーブした構造の2種類がある。
陸上競技場の場合はトラックの曲線部(つまり、サッカー場として使う場合のゴール裏)は当然カーブさせる必要がある(オリンピアコスのホームのカライスカキス・スタジアムは、現在はサッカー専用の近代的なスタジアムになっているが、改築前は陸上競技場だったにも関わらずゴール裏スタンドが直線状という不思議な構造だった)。だが、メインスタンドやバックスタンドはカーブしているものも、直線状のものもある。たとえば国立競技場は旧競技場も新競技場もメインスタンドもバックスタンドもカーブしているが、一方で日産スタジアムのスタンドは直線状だ。
サッカー専用スタジアムであれば、ゴール裏のサイドスタンドも直線状にすることができる。
ブンデスリーガのスタジアムを例にとれば、バイエルン・ミュンヘンのホームであるアリアンツアレーナではすべてのスタンド(メイン、バック、そして2つのサイドスタンド)がすべて緩くカーブしている。
スタンドが緩やかにカーブしていると、スタンドのどの位置の座席であっても、椅子の向きのままに座ることによってピッチ中央に体の正面が向く。一方、スタンドが直線状だと、とくにゴールに近い端の座席に座った場合、ピッチ中央や相手陣内のプレーを見るためには体を斜めにするか、首を振らなければならない。
そして、アリアンツアレーナの場合のように20世紀末から21世紀に入ってから建設された近代的なスタジアムでは各スタンドはそれぞれ緩やかにカーブし、メインスタンドやバックスタントとゴール裏のサイドスタンドをつなぐコーナー付近は曲率(R)の大きな急カーブにすることによって、4つのスタンドが連続した構造になっている。
一方、4つのスタンドが独立している場合には、コーナー付近に三角形の空白が生じる。
鹿島アントラーズの本拠地、県立カシマサッカースタジアムは面白い構造になっている。
カシマスタジアムの1層目スタンドは1993年のJリーグ開幕に向けてスタジアムが新設された時に造られたもので、メイン、バック、両サイドスタンドの4つがそれぞれ独立した長方形の構造になっている。そして、完成当時のカシマスタジアムではコーナー付近の三角形は空白になっており、スタンドは取り付けられていなかった。
同じように4つの長方形のスタンドを持つスタジアム、たとえばNACK5スタジアム大宮や東京の西が丘サッカー場では、現在でもコーナー付近の三角形にはスタンドがなく、トイレや売店などとして使用されている。
カシマサッカースタジアムは、その後、2002年ワールドカップを前に拡張工事が実施されて上層スタンドが完成した。そして、この時、下層スタンドのコーナー付近の三角形にも座席が取り付けられたのだ。つまり、カシマスタジアムの下層スタンドは、今でも完成当時のままの4つの長方形のスタンドによって成り立っており、コーナー付近の三角形に新設された座席によって連結されているのだ。
一方、改装時に新設されたカシマスタジアムの上層スタンドはコーナー付近がカーブして全体が一つの連続した構造になっている。下層スタンドと上層スタンドの平面プランが全く違うユニークな構造と言っていい。
ドルトムントのジグナル・イドゥーナ・パルクも、カシマスタジアムと似たような歴史を持っている。
このスタジアムは1974年の西ドイツ・ワールドカップのために建設されたものだ。そして、この時点では完成当時のカシマスタジアムと同じように、4つの長方形のスタンドがあり、コーナー付近にはスタンドが存在しなかった。
その後、ボルシア・ドルトムントの躍進とともにスタジアムは拡張され、上層スタンドが取り付けられた。だが、カシマの場合と違って、ドルトムントのスタジアムは上層スタンドも長方形の4つの独立したスタンドによって構成されているのだ。上層スタンドが造られたことによって、コーナー付近の三角形は大きな空白になった。そして、2006年のワールドカップ前にそれぞれの長方形のスタンドを連結する形で大きな直角に近い角度でカーブしたコーナー部分のスタンドが取り付けられた。
4つの長方形スタンドを結ぶ形で、コーナー付近の三角形にスタンドが取り付けられている例は世界中に数多くあるが、ジグナル・イドゥーナ・パルクのような大規模なものは珍しいのではないだろうか。