「無観客だからこそ見える」スタジアムの光景(前編)の画像
サポーターのいないボルシア・ドルトムントの本拠地『ジグナル・イドゥーナ・パルク』のゴール裏 写真:ロイター/アフロ 写真:代表撮影/ロイター/アフロ
無観客試合をテレビの画面を通して観戦することが増えた。これからはもっと増えるだろう。早くスタジアムに行きたい。生で観戦したい。そこで、ここは逆境を逆手にとって、スタジアムの構造なども楽しむという趣向はいかがだろう。意外や歴史の深みを覗くことができるものだ。

スタンドは一層式か多層式か

 ドイツのブンデスリーガが再開されてから半月余りが経過した。

 再開当初は選手たちのコンディションがまだ上がりきっていないようにも見えたが、試合を重ねるとともに試合内容も上向きのような気がする。

 しかし、無観客試合のテレビ観戦には未だに違和感を覚えてしまう。なぜか、試合に集中できないのだ。無観客試合では選手たちや監督からの声がよく聞こえるのが興味深いが、残念ながら僕はピッチ上で選手たちが掛け合う声を聴きとれるほどドイツ語に堪能ではない……。

 集中できない原因を考えていたら、思い当たった。どうしても、“スタンド風景”に目が行ってしまうのだ。

「無観客なのに、なんでスタンド風景?」と思った方もいるだろう。

 だが、“スタジアム好き”で『世界スタジアム物語』(ミネルヴァ書房)という本まで書いてしまった僕としては、やはりついついスタンドに目が行ってしまうのだ。つまり、無観客試合だと普段は満員の観客に隠されていて見ることができないスタンドの構造がよく見えるのである。

 今回は、そんなお話である。主要な舞台は、ボルシア・ドルトムントの本拠地、「ジグナル・イドゥーナ・パルク」(ヴェストファーレンシュタディオン)だ。

 もちろん、テレビの画面から見えることには限りがある。

 スタジアムを設計する建築家にとって一番の腕の見せ所である大屋根の構造などは画面に映りこむことがあまりない。画面から見ることができるのはスタンドの形状や構成だ。

 話が複雑になりすぎるので、ここでは陸上競技兼用スタジアムのことについては触れないことにしよう(そもそも、現在のブンデスリーガではほとんどが専用スタジアムだ)。

 スタンドの構造としては、まず一目見て分かるのが1層式スタンドか多層式スタンドかという違いだろう。

 一応、説明をしておこう。スタンドの下から上までが連続して一つの平面になっているのが1層式だ。取り壊された旧国立競技場のスタンドは1層式だったが、東京オリンピックに向けて建設された新国立競技場は3層式になっている。多層式の場合、上層スタンドの最前部が下層スタンドの上に庇(ひさし)のようにオーバーハングしている場合もあるし、あるいは下層と上層の間が中2階のような形になって個室が並んでいる場合もある(管理室や放送席、エグゼクティブルームとして使われる)。

 ジグナル・イドゥーナ・パルクでは1つのスタジアムでありながら、1層式と2層式の両方を見ることができる。このスタジアムのメインスタンドとバックスタンドは2層式で、下層のスタンドの上に上層スタンドが少しだが張り出した構造になっている。それに対して、このスタジアムのゴール裏(サイドスタンド)は1層式で、ゴールラインすぐ後方の最前列から最後列までが一つの大きな“面”になっている。

 2層式の良いところは、上層スタンドからピッチを見下ろす俯角が大きくなることだ。俯角が大きく、極端に言えば真下を見下ろすような角度の席であれば、ピッチ上を眺めた時にまるでフォーメーション図のように見えるから、選手の配置が理解でき、試合の流れを追うことができる。

 俯角を大きくするためにはスタンドの傾斜角(勾配)を大きくする必要がある。

 日本のスタジアムの例で言えば、傾斜角が緩い日産スタジアム(横浜国際総合競技場)の下層スタンドは(陸上競技用のトラックが存在することが最大の理由だが)ピッチが遠く感じられて試合が見にくい。逆に、最大38度という急勾配の豊田スタジアム上層スタンドからは、まさにピッチを見下ろすような眺めを楽しむことができる。「見やすいスタジアム」と言うには、やはり傾斜角は30度程度はほしいのだが、日産スタジアムの下層スタンドの場合、角度はわずかに17度しかない。

 ちなみに、上層スタンドの最前列に座ってピッチを真上から見下ろすような席こそ、僕にとっては最高のポジションである。埼玉スタジアムや豊田スタジアムの記者席では、僕はいつもそういう席に座る。

 一方、1層式の良さは何か。それは“一体感”のようなものを感じられることだろう。

 たとえば、ジグナル・イドゥーナ・パルクの「黄色い壁」として知られるホーム側ゴール裏スタンドを思い出していただきたい。

 1層式の超巨大な立見席は黄色いシャツを着たホーム・サポーターで埋め尽くされ、一体となって揺れ動くさまはまさに“偉容”と形容するしかない。1層式であるため、最下段から最上段までが1つの面を形成することによる視覚効果がもたらすものだ。リヴァプールの本拠地アンフィールドのゴール裏、有名な「スパイオン・コップ」もやはり1層式であることによってその独特の威圧感を醸し出している。

ドルトムントサポーターで埋め尽くされたジグナル・イドゥーナ・パルク 写真:ロイター/アフロ

 ドルトムントも、リヴァプールもホームの試合でめっぽう強いが、この1層式のゴール裏があるからこそ、なのかもしれない。

 2層式に比べて1層式スタンドでは俯角が取れないという問題はあるが、サッカー戦用スタジアムで傾斜角(勾配)を急にすれば俯瞰的な視野を確保することは十分に可能だろう。

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