知っている限りのスペイン語で

 こうして翌日、私は沢辺カメラマンとともに再び「ロス・アロモス」のトレーニング・ピッチにいた。

 11月のモンテビデオは春である。「ミモザの里」のような愛称をもつトレーニング施設だが、緑美しいピッチは、ミモザのような灌木ではなく、高い木立で囲まれていた。その枝枝にいっせいに淡い緑の葉が芽吹き、柔らかな風に吹かれていた。

 選手たちはろくにウォーミングアップもせず、すぐに紅白戦が始まった。私の要望どおり、レギュラー組はスポンサーロゴのない正規のユニホームを着ていた。サブ組は緑の練習着だった。

 タバレス監督はホイッスルをもち、自らピッチの中央に立っていた。といっても、細かく試合を止めてあれこれ指図をするわけではない。ただ流れるままに選手の動きを観察し、ファウルがあったらホイッスルを吹いてFKを与える程度だ。

「マエストロ」がホイッスルを吹いてプレーを止めたのは、ほぼ50分後だった。これで終わりだろうと思ったのだが、それはハーフタイムだった。5分間ほど休憩すると、選手たちは再びピッチに散っていく。

「オースミさん!」

 沢辺カメラマンの切羽詰まった声が聞こえたのは、そのときだった。彼は私から数十メート離れたところでカメラを構えていた。

「何!」

 「レギュラーチームに、前半と同じ方向に攻めるように言ってくれませんか!」

 私は絶句した。しかし彼の意図はすぐにわかった。

 前半、レギュラーチームは太陽を背に攻めていた。ゴール裏で彼らが攻めてくるのを待ち構える沢辺カメラマンからすると「逆光」になる。難しい話は避けるが、カメラには「被写界深度」というものがあり、平たく言うと、順光で撮影すると背景の木立までしっかり写り、練習場での写真であることがはっきりしてしまう。しかし技術的にはずっと難しいのだが、逆光で撮影し選手にピントを合わせると、背景を完全にボケさせることができる。プロフェッショナルとしては、後半、レギュラーチームが太陽に向かって攻めるのは、大いに困ったことだったのだ。

 すでに選手たちはピッチに散り、タバレスは後半開始のホイッスルを吹こうとしている。考えている暇などない。

「マエストロ、マエストロ!」

 気がつくと、私はそう叫びながらピッチに侵入し、彼に向かって猛ダッシュしていた。30代の半ば、アキレス腱の故障もなく、体力には自信があった。

「マエストロ」は驚いてホイッスルを口から離した。

 しかし彼のところに近づいて、私は大変なことを思い出した、彼は英語を話さない。私のスペイン語は「恐ろしい」のひと言だ。そしてこの日は撮影だけなので、近藤さんにはきてもらっていなかった!

 だが「火事場のばか力」とでも言うのか、私は知っている限りのスペイン語の単語を並べ、ジェスチャーを交えて「カメラマンがレギュラーチームにこっちから攻めてほしいと求めている」と懸命に説明した。

 小学生を相手にした経験をもつ人だったからだろうか、彼には不思議な理解力があった。そして静かにうなずくと、選手たちにエンドを交換するよう指示してくれた。

 こうして撮影は無事終わった。帰国して持ち帰ったフィルムを現像すると、写真は非常に満足の行くものだった。トヨタカップのプログラムにも、この練習試合で撮影した写真が使われた。「寛容」という言葉をはるかに超えた「マエストロ」の親切に、私は心から感謝した。

1987年トヨタカップのプログラム。右のディエゴ・アギーレの写真が練習場でのもの
“マエストロ”タバレス監督。1987年トヨタカッププログラムより

 それにしても、練習試合とはいえ、プロの試合で、前半と同じ方向に攻めるという世にも奇妙な後半戦を見た人は、世界広しといえどもそう多くはないに違いない――。写真をチェックしながら、私はひとりにやついてしまうのを抑えることができなかった。

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