■ 東京や京都にはない美しき「明快構造」。息づく江戸時代の記憶
その、「橋南と橋北」についてのドラマでの描写を見て、僕は松江に行った時のことをまざまざと思い出したのです。
なぜ、高速バスがJR松江駅近くに到着した時に僕が場末感を抱いたのか。それはたまたまのことでもなかったし、第二次大戦のような最近の出来事のせいでもなく、江戸時代からの松江という街の構造がそのまま現在に持ち越されていたのであり、僕はバスでそこに到着した瞬間にそんな街の記憶を感じ取ったということだったのです。
どんな街にも歴史があります。そうした歴史の積み重ねによって街の構造が出来上がっているのです。
東京だったら、いわゆる下町と山の手でどうして街の構造がまったく違うのかとか、京都だったら平安時代の大極殿があった辺りが今ではすっかりただの住宅街になってしまったのは何故かとか、考えさせられることがたくさんあります。
しかし、川の北側と南側で街の雰囲気がまったく違っているなんて、松江のようにその構造が分かりやすい街というのも珍しいのではないでしょうか? そして、それをドラマのストーリーにうまく取り入れた「ばけばけ」の作者にも感心します。





























