■イングランドの驕り
イングランドはさらに良い状態とは言えなかった。初めてエントリーした1950年のワールドカップ・ブラジル大会でセミプロのアメリカに0-1で敗れるという失態を演じたイングランドだったが、その反省は生かされず、代表チームの強化は遅れていた。依然として「自分たちは世界一」と自負するだけで、具体的な強化プランなどなかった。
監督はウォルター・ウインターボトム。イングランドが「代表監督」を置いたのは1946年のことで、その初代監督に就任、以後16年間もイングランド代表を率いた。マンチェスター・ユナイテッドでの短期間のプロ選手としての経歴はあったが、プレーヤーとしては長くアマチュアの地位を保ち、教師として働いていた。理論家として知られていたもののクラブでの監督経験は皆無であり、イングランド代表監督が初めての「監督業」だった。
そして信じ難いことだが、このイングランド監督は自分で選手を選ぶことができなかったのである。イングランドでは、伝統的に選手選考の権利はイングランド協会(FA)の「選考委員会」が握っていた。委員会は会議室で机上の空論を繰り返し、一貫性のない選考を繰り返していた。















