後藤健生の「蹴球放浪記」第335回「イグアナ降る街と長閑な首都」の巻(1)小野伸二や稲本潤一もプレーした敵地がW杯常連の強豪国へ…の画像
日本代表と激しい試合を繰り広げたエクアドル代表。彼らの母国は、穏やかな南米の小国だ。撮影/原壮史(Sony α1使用)
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 サッカー日本代表は9月、10月の4連戦の第3戦で、エクアドル代表と対戦し、0―0の末にPK戦で勝利した。エクアドル代表は素晴らしいチームだったが、彼らの国も美しい。蹴球放浪家・後藤健生は、かつてかの国をスカウティングしていた――。

■南米で台頭のエクアドル

 キリンカップでエクアドル代表が来日しました。日本代表との試合は、スコアレスドローに終わりましたが、プレー強度が高く、またスピード感あふれる試合で、まるでワールドカップ本大会での試合のような激しさでした。

 20世紀の間は南米の中では「弱小国」と見なされていたエクアドルでしたが、2002年の日韓大会でワールドカップに初出場を果たすと、その後は5大会に出場。2026年大会の南米予選では、なんとアルゼンチンに次いで2位で強豪ぞろいの南米予選を突破しています。

 僕はエクアドルには1回しか行ったことがありません。1995年にエクアドルでU-17世界選手権(現U-17ワールドカップ)が開催された時のことです。 

 この大会には日本代表もアジア予選を突破して参加しています。

 日本は1968年のメキシコ・オリンピックで銅メダルを獲得して以来、ワールドカップはもちろん、オリンピックでも一度もアジア予選を突破できずにいました。

 年代別代表では1979年にワールドユース・トーナメント(現U-20ワールドカップ)が、1993年にはU-17世界選手権がそれぞれ日本で開催され、日本代表も出場していますが、海外での大会にアジア予選を突破して出場したことはなかったのです。

 1993年秋のアメリカ・ワールドカップ最終予選ではいわゆる「ドーハの悲劇」によって初出場に失敗しましたが、1995年にはU-17とU-20の2つの世界大会に日本チームが出場することになったのです(さらに1996年にはアトランタ・オリンピック、そして1998年にはフル代表がフランス・ワールドカップに出場することになります)。

 僕は、その日本にとっては久しぶりの世界大会を観戦に行ったのです。

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