大住良之の「この世界のコーナーエリアから」第192回「テレビとサッカー世界編」(4)「完売まで放送しない」南米でも共通したアレルギー、プレミア&CL創設と「一括管理」で救世主への画像
世界中の注目を集めるUEFAチャンピオンズリーグ。R・マドリードは15回の欧州制覇を誇る。撮影/原悦生(Sony α1使用)

 サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マニアックコラム」。今回のテーマは「現代サッカーの支配者」世界編だ。
 テレビを「敵」と見なしていたサッカー界は、なぜテレビに支配されることになったのか。欧州サッカーを怪物化させたターニングポイント、1992年の「放映権の一括管理」という劇的なパラダイムシフトをひも解く。

■「チケットが完売するまで放送しない」南米でも共通していたテレビアレルギー

 テレビ中継があると入場者が減るという考えは、イングランドだけでなく、世界に共通するものだった。

 1986年の秋にブエノスアイレスでリベルタドーレス杯の決勝戦を取材したことがある。アルゼンチンがディエゴ・マラドーナの活躍で2回目のワールドカップ優勝を飾った数か月後のことである。ボカ・ジュニアーズとともにアルゼンチンのサッカー人気を二分するリバープレートは、1週間前にコロンビアのカリに遠征して「アメリカ」を2-1で下し、自信満々でホームでの第2戦を迎えた。

 試合の数日前にブエノスアイレスに着くと、さっそくリバープレートの広報部長を訪ねて取材パスを受け取ったついでに、テレビ放映の予定を聞いた。返事は意外だった。

「まだ入場券が完売していない。完売したら放送を決めて発表する」

 事実、7万4300枚の入場券が完売したのは試合の前日だったのだが、テレビ中継の予定が発表されたのは試合当日の朝だった。カミナリが鳴り響く悪天候のなかキックオフされた試合は、天候以上に荒れた試合になり、後半7分には両チームの選手が退場になるという事件もあったが、満員のホームのファンに押され、リバープレートは後半24分にエースのフアン・フネスが1点を決め、念願の初優勝を飾った。

「サッカーとテレビの関係」が劇的に変わり、テレビがプロサッカーに不可欠なものとなり、やがてテレビがサッカーを支配する形になるのは、1990年代に入ってからのことである。

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