■0-0の凡戦で計画頓挫。イングランド初の生中継が残したトラウマ

 1954年には「サタデー・スポーツ・スペシャル」というダイジェスト番組がスタートしたが、クラブはそれにも大きな警戒心を示し、対象は全試合ではなく、ホームクラブが許可した試合に限られた。最初のシーズンは1部462試合のわずか16%、75試合にとどまった。しかも使用できるのは1試合5分間まで、放送は夜10時以降(キックオフは全試合午後3時)と制限された。

 ようやくイングランドで「生中継」が実現したのは1960年。5年前に誕生した英国初の民放であるITVが、フットボールリーグと当時のレートで日本円に換算すると約1億5000万円という「大型契約」を結び、生中継の権利を獲得した。生中継される試合は特別にキックオフを午後6時50分まで遅らせ、しかも放送が始まるのは前半35分からと、大きな制限がついた。

 フットボールリーグは、人気低下気味だったリーグに活気を取り戻させると同時に、クラブへの分配金とともに出場全選手に「出演料」を払うことにした。その金額は、1人2ポンド(当時のレートで2160円)だった。

 しかし最初に放送されたブラックプール×ボルトンの試合は、ブラックプールに当時最大のスターであるFWスタンリー・マシューズがいたにもかかわらず0-0の退屈な試合に終わった。「こんなにつまらない試合を一般のファンに見せたら、ますます観客が減ってしまう」と、次に放送が予定されていた他クラブが尻込みし、ITVの企画はこの1試合で終わった。

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