後藤健生の「蹴球放浪記」第322回「LAXはW杯観戦には欠かせないハブ空港」の巻(1)26年の北米W杯の地で「1978年アルゼンチン大会」の旅路を想うの画像
1994年大会決勝の入場券。カテ1で475ドル。当時のレートで4万5000円。提供/後藤健生

 蹴球放浪家・後藤健生がワールドカップ取材のために現地に入った。新たな放浪の始まりだ。北米での冒険は、これが初めてではない。その際に重要なのが、今も変わらず「LAX」なのだという。

■北米大陸でもサッカー

 2026年ワールドカップ観戦のため、無事に北米大陸に到着しました。

 僕は野球やバスケットボール、アメリカン・フットボールの専門家ではないので、北米大陸にやって来る機会はなかなかありません。

 ただ、1990年代には94年にワールドカップが開催され、96年にはアトランタ・オリンピックもあったので何度か北米大陸を経験しました。98年にはワールドカップ初出場を決めた日本代表の対戦相手に決まったジャマイカが出場するというので、カリフォルニア州各地で開かれたCONCACAFゴールドカップの取材も行いました。

 また、当時、僕はサッカー関係の仕事以外にアメリカの大学院生向けの教育機関で働いていたので、会議のために本部があるスタンフォード大学(サンフランシスコ郊外)を訪れたこともあります。1994年のワールドカップではスタンフォード大学のスタジアムも会場のひとつになりました。

 そんなあまり馴染みのない北米大陸ですが、ロサンゼルスの国際空港(LAX)はサッカー観戦旅行で何度も訪れたことがある空港です。

 最初は1978年のアルゼンチン大会。僕にとって西ドイツ大会に次ぐ2回目のワールドカップ観戦でした。

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