【サッカー今日は何の日?5月31日】ワールドカップの初戦で決勝ゴールとなる「バティ・ゴール」を国立で浴びる!日本代表は初の外国人監督の初陣!の画像
強豪国との試合とあって国立競技場には6万人もの大観衆が集まった。

1993年の5月15日にJリーグが開幕し、同年の10月28日に『ドーハの悲劇』、そして1997年11月16日の『ジョホールバルの歓喜』を経て、初めてワールドカップ出場を果たした日本サッカー界。このシリーズ連載では、時に人々を歓喜させ、時に人々を悲嘆させた、日本サッカーの歴史を紐解きながら、サッカーに関連する「今日の出来事」を紹介する。


 ビッグ6と呼ばれていたワールドカップ優勝経験国(ウルグアイ、イタリア、ブラジル、アルゼンチン、ドイツ、イングランド)のうち、4カ国目の対戦はアルゼンチン。1992年の5月31日、キリンカップでの対戦は日本代表初の外国人監督ハンス・オフトの初陣だった。

 東京・国立競技場には6万人を超える大観衆が集まり、エースストライカーのガブリエル・バティステュータら欧州リーグで活躍する世界的スターを揃えるアルゼンチンとの対戦を見守った。

 開始早々からチャンスを作り出すアルゼンチンに対して守勢に回った序盤から徐々に落ち着いた日本は反撃に転じてFW中山雅史、カズ(三浦知良)らがシュートを放ち、前半は0-0。均衡が破れたのは後半に入って通算53分で、右サイドを攻め崩そうとしたアルゼンチンのMFホセ・ルイス・ビジャレアルのスルーパスに対してDF柱谷哲二がクリアし切れずに流れ、受けたバティステュータが短いステップから強烈な右足シュートを決めた。

 日本はこの1点を取り返せずに敗れたが、攻守のバランスを崩さずに戦ったこの1戦を自信に悲願のワールドカップ出場に向け、1994年に開催された米国ワールドカップ予選ではアジアの壁をあと一歩で破るところまで進んだ。

 4年後、その壁を破って進んだフランスでの本大会では、この6年後、同じバティステュータの柔らかなタッチの決勝ゴールで同じく0-1と敗れることになる。こちらは本大会での緊迫した戦いの下、1発で仕留められた格好だった。

 アルゼンチンの主砲に見舞われた2発の決勝ゴールは日本代表の成長と課題を実感させるものでもあった。

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