1993年の5月15日にJリーグが開幕し、同年の10月28日に『ドーハの悲劇』、そして1997年11月16日の『ジョホールバルの歓喜』を経て、初めてワールドカップ出場を果たした日本サッカー界。このシリーズ連載では、時に人々を歓喜させ、時に人々を悲嘆させた、日本サッカーの歴史を紐解きながら、サッカーに関連する「今日の出来事」を紹介する。
日本サッカー史上、フランスとの初対戦は同国が初の世界一になる4年前(1994年)の5月29日、東京・国立競技場であった。
日本代表の監督は前年1993年の末に「ドーハの悲劇」を受けて就任したブラジル人のパオロ・ロベルト・ファルカン。メンバーを一気に若返らせたことで知られ、初の大会となったキリンカップでは12人が初選出。うち今藤幸治(2003年に死去)、名塚善寛、岩本輝雄、前園真聖、佐藤慶明、小倉隆史、本並健治、遠藤昌浩の8人がオーストラリア戦、フランス戦で代表デビューを果たした。
就任2戦目は後に世界一メンバーになるDFローラン・ブラン、MFディディエ・デシャンにFWエリック・カントナ、ジャン・ピエール・パパンらベテランを揃えたフランスが前半から圧倒。15分に左右を大きく使った展開から先制すると3分後にはパパンが技ありのシュートで2-0。後半も10分までにオウンゴールなどで2点を失った。
日本の反撃は終盤の78分。フランスのCKからカウンターを仕掛け、後半に投入されたFW小倉が持ち上がり、右サイドに開いたカズ(三浦知良)にあずけたボールの折り返しを反転しながら決めて一矢を報いた。
左右のサイドバックに攻撃的な選手を置く当時世界一の母国ブラジルのスタイルを踏襲したファルカン監督だったが、左の岩本ら攻撃的なはずの駒に積極性がなく、相手の脅威になりえなかった。
ファルカン監督はこの半年後のアジア大会後に退任する。9試合の成績は3勝4分け2敗。
なお、日本が初めてフランスを撃破するのは2012年10月12日。88分に香川真司が決めたゴールで1-0の勝利を手にした。











