サッカー日本代表として強烈な存在感を放つ中村敬斗。大住良之氏による特別コラム&インタビューの第2回では、彼のゴールへとつながるリズミカルなドリブルや切り返しを生んだ幼少期の意外な「特訓」から、欧州での過酷なサバイバル、そして「1部はサッカー、2部は格闘技」と表現されるフランス2部での壮絶な戦いの日々に迫る。昇格こそ逃したものの、最終節で4ゴールを叩き出した、その圧倒的な“個”のルーツとは。(第2回/全3回)
中村は千葉県我孫子市出身。小学生時代は地元の高野山(こうのやま)サッカースポーツ少年団でプレーした。一時は柏レイソルの下部組織に所属したが、柏のパスサッカーのスタイルには合わないと感じ、6年生のときには高野山に戻ったという。日本のどの町にもある、高野山小学校の白っぽい土の小さなグラウンド。誰もが楽しくサッカーに取り組むチームだった。
昨年発行された『Naturalナチュラル~サッカー日本代表・中村敬斗フォトブック』(双葉社)によると、幼稚園の年少のころから、中村は「なわとび」に熱中していたという。毎日100回以上、記録を更新しながら続けたという。


























