■「ベロオリゾンテの奇跡」

 中盤にイングランド3部のクラブからアメリカに移住したばかりのスコットランド人やベルギー人選手もいたが、この大会のアメリカ代表は多くが、さまざまなルーツの元にアメリカで生まれ育ち、それぞれのエスニック・クラブでプレーするセミプロの選手たちで、期待はされなかった。初戦、スペインを相手にFWジョン・ソウザが先制点を奪ったものの、終盤に3失点を喫して1-3の敗戦。第2戦の相手は、ワールドカップ初出場ながら優勝候補の筆頭と目されたイングランドだった。

 アメリカはチームきっての名手と言われたMFウォルター・バーを中心によく守り、イングランドのシュートミスにも助けられて無失点を続けた。そして前半38分、誰もが目を疑うシーンが生まれる。左からバーがシュート。しかしイングランドGKバート・ウィリアムの正面に飛ぶ。ウイィアムがその胸にボールを収めようとしたとき、いきなりゴール前に大柄なアメリカ選手が飛び込んできたのだ。

 FWジョー・ゲティエンス。彼の頭に当たったボールがゴールネットに突き刺さったのである。後半、イングランドは猛攻をかけたがアメリカのゴールを割ることができず、1-0のまま試合は終了した。ワールドカップ史に残る大番狂わせ、「ベロオリゾンテの奇跡」である。

 ハイチで裕福な家庭に育ったゲティエンスは、ハイチ代表としてプレーした後、1947年、23歳のときにアメリカに渡ってプレーを始め、「ブルックハッタン」というクラブでのプレーを認められてこのワールドカップの直前にアメリカ代表に選ばれた。そして3試合に出場、ワールドカップ後はフランスでプロになり、その間に再びハイチ代表としてもプレーした。アメリカ代表出場はこの大会の3試合のみ、得点は1点だった。

 3日後、アメリカはレシーフェに移動してチリと対戦したが、2-5で敗れてグループ4位となり、ワールドカップを終えた。

 しかし3位になった1930年大会と同様、イングランドに歴史的な勝利を挙げても、アメリカ国民はまったく関心を持たなかった。その後、代表チームは欧州のチームに6点、7点という大量失点を喫して敗れることが続き、さらに関心は低下した。「エスニック・リーグ」は行われていたが、セミプロのレベル出ることはなく、アメリカのサッカーは再び長い「暗黒」の時代に入っていくのである。

(下)に続く。

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