大住良之の「この世界のコーナーエリアから」第188回「アメリカ・サッカー小史(上)」(4)歴史的ジャイアントキリングの真実と、その後に訪れた“暗黒時代”の画像
今ではクラブ世界一を決める大会の会場になったアメリカだが、かつては冬の時代があった。撮影/原悦生(Sony α1使用)

 サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マニアックコラム」。今回は、気になるあの国のサッカーについて。

■サッカーが根付かない国

 この間、国内のサッカーは、もっぱら「エスニック・グループ」が担った。1923年に結成された「German-American Football Association(GAFA)」はニューヨークを中心としたクラブをまとめ、毎年ドイツなどから強豪クラブを招いて「GAFAオールスター」との対戦を組んだ。この試合は、その年のアメリカ・サッカーの最大のビッグゲームとなった。

 1926年、ユダヤ系クラブである「ハコア・ウィーン(当時のオーストリア最強クラブ)」を招いての試合では、入場者が3万5000人を記録。これは1970年代に至るまでアメリカでの最多入場者記録だった。

 1921年にスタートしたプロリーグの「American Soccer League(ASL)」は、入場者が増えずに苦戦を続けていたが、大恐慌により1932年に解散を余儀なくされた。翌1933年には再開されたが、欧州や南米のプロを集める資金力はなく、細々とした「セミプロリーグ」が1983年まで続くことになる。

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