■移民のスポーツ

 大学でサッカーが衰退した19世紀の後半、サッカーは、「エスニック・ゲーム」として静かに広まっていく。ドイツやフランスなどの欧州からの移民が東部から中西部に広がるなか、サッカーは「移民のスポーツ」と見られるようになる。ハドソン川西岸のニュージャージー州(ニューヨーク郊外)、フィラデルフィアなどがその中心だったが、マサチューセッツ州の小さな町でありながら繊維産業が盛んで欧州からの移民労働者が多かった「フォールリバー」と呼ばれる町のチームは、強豪として知られるようになった。

 1884年、ニューヨークで働く英国人たちは、サッカーの普及を目指してニュージャージー州のニューアークでAmerican Football Association(AFA)を設立し、主としてハドソン川西岸のチームを傘下に入れて活動を始めた。AFAは「アメリカ代表」を組織し、1885年11月28日にニューアークで「カナダ代表」と初めての「国際試合」を行った。

 カナダでは、1873年にCanadian Football Association(CFA)が設立され、東部のケベック州を中心にサッカーが盛んになっていた。試合はカナダが1-0で勝った。この試合は、英国外で行われた初めての「国際試合」だった(欧州大陸のどこよりも早かった!)。ただ、AFAとCFAは、ともに「1つの国のサッカーを統一する組織」とは認められず、現在では公式の「国際試合」にはカウントされていない。

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