■ベルリンを分断した壁
第2次世界大戦後、敗戦国ドイツはアメリカ、英国、フランス、ソ連に分割占領され、首都ベルリンも分割されたのです。アメリカ、英国、フランス側は西ベルリンとなって、事実上西ドイツ(ドイツ連邦共和国=BRD)の一部となりました。そして、ソ連地区は東ドイツ(ドイツ民主共和国=DDR)の首都となりました。
さらに1961年には東ドイツ国民が西側に逃走=亡命することを防ぐためにソ連によって悪名高い「壁」が建設されたのです。
ヘルタプラッツがあった辺りはベルリンの中心部だったので、スタジアムのすぐ東側に壁が築かれました。スタジアムは西ベルリン側に残りました。しかし、東ベルリンに住んでいるサポーターは壁の影響で試合観戦ができなくなってしまったのです。
試合の時間になると、壁のそばにサポーターたちが集まって、スタンドからの歓声に合わせて声援を送ったと言われています。











