サッカー日本代表がワールドカップ第3戦で激突する相手がスウェーデンに決まった。日本は90年前、スウェーデンを相手に「奇跡」を起こしたことがある。蹴球放浪家・後藤健生は、その舞台となったドイツのスタジアムへ向かった。
■忘れられたスタジアム
さて、2006年のドイツ・ワールドカップのとき、僕は本屋に行って1枚の地図と1冊の本を買い求めました。地図は1936年のオリンピックが開かれたときのガイドマップの復刻版。そして、本というのはヘルタ・ベルリンの歴史書でした。
地図には、もちろんスウェーデン戦があった「プルンぺ」も載っていましたし、歴史の本にはその写真も載っていました。
そこで、僕は思い立って、その場所を訪ねてみることにしました。
「ヘルタプラッツ」があったのはベルリンの中心街ミッテ地区の「ゲズントブルンネン」という場所でした。日本語に直訳すると「健康の泉」になります。
さて、復刻版の地図と現在の地図を照らし合わせながら、ぶらついていると子どもたちのサッカー教室が行われている公園にたどり着きました。スタジアムの跡地は、このような形でグラウンドとして今でも使われているようです。グラウンドの外周部に古いコンクリートの構造物が残っていたので、もしかしたらあれが昔のスタンドの跡なのかもしれません。
通りがかりの人、何人かに聞いてみました。
「ここって、ヘルタのスタジアムだったとこですか?」
しかし、明確な答えは返ってきませんでした。
「たしかにスタジアムがあったとは聞いているけど、正確な場所は分かんないねぇ」











