■小さなウィーン
「帝国」というと、多数派民族が少数民族を弾圧する非民主的なもののように感じますが、実際にはそうでもなかったようで、少数民族もちゃんと権利を持って暮らしていました。
オーストリア帝国(皇帝の家の名から「ハプスブルク帝国」とも言います)も数多くの民族が暮らしていて、宗教的にも多様でした。
ガイドブックに書いてあったように、ビエルスコ=ビャワの街並みは実際に行ってみるとたしかにオーストリア的、つまり小型のウィーンのようでした。
たとえば、北部バルト海に面した港町のグダンスクは中世以来ドイツを盟主とするハンザ同盟の中で繁栄しドイツの影響(あるいは支配)を受けた都市でしたから、街並みも北ドイツ的でした。
つまり、ポーランドでは都市によって文化的な背景が大きく違うのです。そのへんもポーランド旅行の魅力かもしれません。
ちなみに、昔ロシア帝国領だった都市はロシア的なのでしょうが、ポーランド東部の旧ロシア領だった地域の大半は第2次世界大戦後にソ連領に組み入れられて、今ではベラルーシやウクライナの領土になっています。
ロシアのウクライナ侵略を受けて、ウクライナ東部から多くの人が最西部のリビウに逃れました。しかし、このリビウというウクライナの都市ももともとはポーランドの一部で、第1次世界大戦前まではオーストリア帝国の一部だったのです。




















