■記念すべきユニフォームは「既製品」
それはともかく、1954年2月28日、チリの首都サンチャゴでのワールドカップ予選、チリ戦で、「カナリア」がデビューする。ブラジルにとっては、「マラカナンの悲劇」から立ち直るべく、次のワールドカップに向けての予選初戦。ホームのチリに攻め込まれたが、粘り強く守り、コリンチャンスのFWバウタザール(フルネームはオスバウド・ダ・シウバ)の2点で2-0の勝利を収めた。
ただ、スイスで開催された1954年ワールドカップでは準々決勝ではハンガリーに2-4で敗れ、国民の宿願である「世界一に」の夢がかなうのは、さらに4年後、1958年にスウェーデンで開催されたワールドカップまで待たなければならなかった。
17歳のペレが世界にデビューしてセンセーションとなり、ガリンシャをはじめ数多くのスターを擁した1958年大会のブラジルは、グループリーグでは苦闘ぎみだったが、その戦いのなかでペレがレギュラーポジションを取り、ノックアウトステージで波に乗った。ペレのゴールでウェールズを1-0で下し、準決勝はペレのハットトリックでフランスに5-2の快勝。決勝戦でもペレが2点を決め、5-2で地元スウェーデンを下して、ついにブラジル国民の夢をかなえたのである。
ただ、この大会にブラジルは「カナリア」のユニフォームしか用意しておらず、決勝戦の相手が同じ黄色いユニフォームのスウェーデンになったことで小さな混乱があった。抽選の結果、スウェーデンが黄色いユニフォームを着ることになったのである。ブラジル代表はストックホルム市内で急きょ青いシャツを購入し、黄色いユニフォームから外したCBDのマークを縫いつけて決勝に臨んだ。
この日、「カナリア」は「青い鳥」になったのだった。








