サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マニアックコラム」。今回は、あの、黄色いユニフォームについて。
■W杯初優勝を目指して
「黒いダイヤモンド」と称賛された天才ストライカーのレオニダスを擁して3位を占め、初めて世界に「ブラジルサッカー」を認識させたのが1938年のフランス・ワールドカップ。その大会から12年ぶりに再開された1950年大会、国民はブラジルの初優勝を信じて疑わなかった。
この大会は4組で1次リーグを行い、各組1位の計4チームが総当たりの「決勝リーグ」を行って優勝を決めるというものだった。ワールドカップの歴史上、唯一「決勝戦」が行われなかった大会である。
しかし決勝リーグの最終日、1950年7月16日にリオデジャネイロのマラカナン・スタジアムでのウルグアイ×ブラジルは、事実上の決勝戦となった。この決勝リーグに入って、ブラジルはスウェーデンに7-1、スペインに6-1と破壊的な攻撃力を見せて優勝に王手をかけ、一方のウルグアイはスペインと2-2で引き分け、スウェーデンに3-2で逆転勝ちと苦戦続きながら2位につけていた。最終戦、ブラジルは「引き分ければ優勝」という圧倒的優位な立場にあった。







