1993年の5月15日にJリーグが開幕し、同年の10月28日に『ドーハの悲劇』、そして1997年11月16日の『ジョホールバルの歓喜』を経て、初めてワールドカップ出場を果たした日本サッカー界。このシリーズ連載では、時に人々を歓喜させ、時に人々を悲嘆させた、日本サッカーの歴史を紐解きながら、サッカーに関連する「今日の出来事」を紹介する。
1997年3月23日、フランス・ワールドカップを目指すアジア予選の初戦はオマーンとのアウエーゲーム。本大会への長い道のりへの第一歩を刻んだ初得点はエースのカズでも若武者FW城彰二でもなかった。
開始10分、自陣からのロングキックを受けたMF山口素弘が出したパスを相手DFがクリアしたボールが、攻め残っていたセンターバック、小村徳男の前にこぼれる。右足インサイドで難なく蹴り込んだゴールが、1次予選最大のライバルを下す一発になった。
小村は当時の加茂周・日本代表監督の古巣になる日産自動車、横浜F・マリノスで活躍。国際Aマッチ30試合で4得点。4日後のネパール戦(6-0)でもゴールを決めている。


