
サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マニアックコラム」。今回は、ヴィッセル神戸の「不動の左サイドバック」が新天地に選んだイングランド名門の「知られざる一面」——。
■FAとシェフィールドは「サッカーの父母」
良質の石炭と鉄鉱石が近場で採掘されたことから、シェフィールドは産業革命、なかでも鉄鋼業の中心地となり、大きな人口を抱えるようになる。20世紀のはじめには、現在に近い45万人もの大都市になっていたという。
その「都市の勢い」が、そのまま「サッカー」の勢いとなる。ロンドンにいくつかのクラブが集まって1863年に「The Football Association(FA)」を結成、ルールを統一して「サッカー」が誕生するのだが、シェフィールドを中心とした「北部」のクラブはこれに参加せず、独自のルールでプレーしていたのである。
「サッカー」という言葉は「FA」の「association」という言葉から派生したスラングなので、この当時のシェフィールドで行われていた競技を「サッカー」と呼ぶのはふさわしくなく、あくまで「football」なのだが、後に両者は統一されることになるので、「統一前」にシェフィールドで行われていた競技も「サッカー」と呼ばせてもらう。
「シェフィールド・ルール」は単なる「ローカルルール」ではなかった。その後のサッカーの発展に大きな影響を与える要素がたくさん入っていた。今日のサッカーは、実質的に「FAルール」と「シェフィールド・ルール」の2つが融合して誕生したものである。両者はいわば「サッカーの父母」と言うべきものなのだ。