■2つの国が「似ている」理由
南アフリカには、もともとコイサン人という民族が住んでいたのですが、約1000年前にアフリカ大陸中部からバンツー系の人々が南下してきました。僕たちが、いわゆる「アフリカ人」と聞いて思い浮かべる人たちです。それから少し遅れてヨーロッパ人もアフリカ大陸西岸に沿って南下してきます。そして、アジアとの貿易を行っていたオランダ東インド会社はアフリカ最南端の喜望峰近くにケープ植民地を設け、オランダ系の白人がここに住みつきます。
ヨーロッパからアジアに向かう航路(貿易ルート)の重要な拠点だったからです。ここで農業を営み、貿易船に新鮮な食料などを補給しようというわけです。
その後、19世紀になると、経済的にも軍事的にも世界の覇権を握った英国がこの地を植民地化しました。300年前から住みついていたオランダ系のアフリカーナー(ボーア人)と戦争を行い、オランダ系の人を内陸部に追いやってしまいます。
もともと、南半球にあって、同じような緯度で気候風土も似ているオーストラリアと南アフリカですが、英国人はそこに本国と同じような街を作っていったのです。こうして、どちらにも19世紀の英国そっくりの建物が並ぶ街並みが完成したというわけです。
その景観が、独立後の南アフリカ共和国にも、オーストラリア連邦にも残されているので、旅行者は2つの国が似ていると感じるのです。