■忘れられないエピソード
3人の監督に共通するのは、高校サッカーや大学サッカーの強豪を経てJSL時代に2部でプレーしていたことだけではない。厳しさのなかに人間としての底知れない優しさをもち、野心あふれる数十人の若者たちをひとつの目標に向かってひとつにまとめる人間としての力こそ、最も重要な要素なのではないか。
どの監督にもそうした人間性を象徴するエピソードが数多くある。だがここでは一例だけ挙げておきたい。2005年の12月、J1とJ2の入れ替え戦のときの大木のエピソードである。
J1で16位だった柏とJ2で3位のヴァンフォーレ甲府の対戦。初戦は甲府の小瀬競技場で行われた。柏が先制し、すぐに甲府が追いつき、緊迫した試合となったが、後半立ち上がりに甲府のFWバレーが勝ち越し点を決め、試合はそのままアディショナルタイムに突入した。そのとき突然、スタジアムが真っ暗になった。照明設備の故障である。復旧に時間がかかり、試合は35分間にもわたって中断。その後、残り4分間をプレーして2-1のまま試合が終了した。
人生をかけた入れ替え戦。その初戦勝利は、甲府の選手たちと、寒風吹き付けるなか水曜夜のスタジアムを埋めた1万人を超す甲府サポーターを狂喜させた。しかし試合直後、テレビ局のカメラの前に立ってのフラッシュインタビューでインタビュアーの上ずった「おめでとうございます!」の声に対し、監督を務めていた大木の口から出た第一声は、本当に意外なものだった。
「柏レイソルの選手、関係者、そしてサポーターの皆さんには、ホームチームの監督として、心から謝りたいと思います」
照明が落ちたのは、スタジアムの施設の問題、あるいは運営上の不手際であって、もちろん、監督に責任があるわけではない。しかし大木は、ヴァンフォーレ甲府というクラブを代表して試合直後のカメラの前に立っていることを、まず意識したのだ。
「プロサッカーの監督」という立場を超越し、人間として、自立した大人として、あらゆることに反応し、対処する力こそ、石崎信弘、小林伸二、そして大木武という3人を、Jリーグ30年の歴史のなかで特別な存在にしたのではないか。こうした人間性に若い(ときにはベテランの)選手たちが触発され、自ら進んでハードワークし、プレーする喜びを感じたからこそ、そこに選手としての成功があり、また、チームとしての成長が生まれたのではないか。
華やかな存在ではなくても、こうして長期間にわたってJリーグを支えてきた人びとの存在を、私たちはけっして忘れてはならないと思うのである。