サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト・大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マニアックコラム」。今回は「大事なのは帽子ではなく、その中身」―。
■カズの思い出深いハットトリック
1997年9月7日、日本代表は宿願のワールドカップ初出場を果たすためにアジア最終予選の初戦を迎えた。相手は旧ソ連圏で情報の少ないウズベキスタン。会場は国立競技場である。前半4分、カズ(三浦知良)は井原正巳が得たPKを力いっぱいけって先制点とすると、同23分には相馬直樹のクロスをワンタッチで叩き込んで2点目。4-0で折り返した後半の11分に1点を失ってやや雰囲気が悪くなったところ、19分には相手ボールをカットした西澤からボールを受けて猛然とゴールに向かい、5点目。再び24分、32分と失点すると、35分、右からのクロスをファーポストで胸で受けて相手をブロックしながら左足で決め、6-3として試合を終わらせた。日本代表で3回目のハットトリックは、本当に価値あるものだった。
Jリーグでのカズのハットトリックは京都サンガ時代を含めて通算5回。そのうち1回目の浦和戦(1993年)と3回目の横浜フリューゲルス戦(1995年9月13日、ニコス・シリーズ第9節)は、国立競技場だった。日本代表での3回を含め、カズは国立競技場が本当に好きだったようだ。もちろんいまの国立競技場ではない。メインスタンドにしか屋根がなく、バックスタンドがやたらに巨大に見えた旧国立競技場(2014年閉場)である。
だがカズにとって最も思い出深いのは、日本から遠く離れたスイスのニヨンで行われた地元クラブ「スタッド・ニヨン(スイス3部)」との試合におけるハットトリックではなかったか。日本代表での試合である。この試合は、1998年6月1日、前日のメキシコ代表との練習試合で出番がなかったか出場時間が短かった選手のために組まれたものだった。あくまで練習試合で、日本代表は青白の練習ウェアの上に緑のビブスをつけてプレーした。
前日ベンチに座ったままだったカズは攻撃を牽引して奮闘した。前半5分にPKで先制点を決め、15分には左足で2点目、そして後半27分には闘志のこもったヘディングで3点を決め、3-0の勝利に導いた。その闘志、存在感は抜群のものだった。ワールドカップ・フランス大会の最終準備のために行われたスイス合宿。日本代表の岡田武史監督は25人をこの合宿に招集していた。そしてニヨン戦の翌6月2日、カズは北澤豪、市川大祐とともにワールドカップ・チームから外れる3人に指名されるのである。