■本当に大事な要素は何か

 最近では、2021年の欧州選手権(EURO)決勝でイタリアのジャンルイジ・ドンナルンマが使った「アディダス」のグローブが話題になった。イボイボどころか、なんと288本もの「トゲ」をこぶしの部分に出っ張らせているという恐ろしいグローブなのである。ゴム製なので危ないわけではないが、トゲは数ミリから1センチほどもある。これでパンチングのパワーが増大するという売り文句だった。これはいまも販売されていて、定価は1万6500円である。

 新しいアイデアが盛り込まれ、新素材が使われ、これからも、GKグローブは進化の一途をたどるだろう。だがグローブがシュートを止めてくれるわけではない。たしかにグローブを使うと吸い付くようなキャッチングができるが、それは両手を正確にボールの形に合わせたときだけだ。試合前のウォーミングアップでは練習用のグローブを使い、試合には新しいグローブをおろす現代のGKたち。だがそれほど神経質になることはないのではないかと、私などは思ってしまうのである。

 1951年のFAカップで、ニューカッスル・ユナイテッドのジャック・フェアブラザーは、試合前にグローブを忘れてきたのに気づいた。1月の寒い日だった。彼はあわてず、キックオフ前にゴール裏を通りかかったひとりの警察官(場内をパトロールしていた)を呼び止め、「手袋を貸してほしい」と頼んだ。警官は喜んで貸してくれた。試合はニューカッスルの勝利に終わり、その後傷んで使えなくなると、同じ手袋を手に入れようと、フェアブラザーはマーケット通りにある警察署を訪ねるのが恒例になったという。

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