■GKたちのこだわり

 もちろん、こうした高級グローブをメーカーから年に何十対も提供されるプロではない身ではそうはいかない。何しろ安くても数千円、高ければ2万円以上するのである。サッカーシューズを毎試合新品にするプレーヤーなどいないように、プロではないGKは、1対のグローブをぼろぼろになるまで使うのが普通だ。もちろん、合成樹脂の「吸着力」などとっくになくなっている。

 それでも、サッカー選手の「11人に1人」が使わざるをえない「GKグローブ市場」は無視できないものがある。いまでは、アディダス、ナイキという世界のサッカー用具市場を二分する巨大メーカーもGKグローブに大きな力を入れているのである。

 マイヤー以前にも、グローブはGKたちの必需品だった。第二次世界大戦前のスペインの伝説的GKであるリカルド・サモラには、グローブをはめてプレーしている写真がたくさん残されている。ただサモラは大変なおしゃれで、白いVネックのセーターとその下の黒いタートルネックで常に「決めて」いたので、グローブもその一部と思われていたフシがある。

 彼と同時代のドイツ代表GKハイナー・シュトゥールファウトは雨の日にはウールで粗く編んだグローブを使っていたと語っている。

 「これはウナギつかみで思いついたんだ。素手でウナギをつかむのは大変だろう? でも粗めに編んだ布を使えば、簡単なんだ。私のグローブは、雨の日でもボールを滑りにくくしてくれた」

 彼らとともに、アルゼンチンの伝説的GKアマデオ・カリーソも、初期のグローブの常用者だった。リバープレートとアルゼンチン代表で1960年代を中心に活躍したのだが、アルゼンチンで初めてグローブをしたGKとして知られている。彼が愛用したグローブは、ガウチョ(アルゼンチンのカウボーイ)たちが使う牛革製の白いものだった。

 対照的に真っ黒なグローブで知られるのが、「サッカー史上最高のGK」と言われた旧ソ連代表のレフ・ヤシンである。「黒クモ」のニックネームどおり、彼はシャツもパンツもストッキングも黒で統一していたが、当然グローブも真っ黒な革製だった。1956年のメルボルン・オリンピック決勝戦後に、対戦したユーゴスラビアのGKペータル・ラデンコビッチと互いのグローブを交換したというエピソードは有名だ。

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