■真夜中のアンデス高原に上る月

 もちろん、月は世界中どこからでも同じように見えるはずです。しかし、その見え方は、その時々の気象条件などによって違ってきますし、眺める側の心理的な状態によっても見え方は変わります。人は、月に向かって吠えることもありますし、また美しい月を見ながらさめざめと涙することもあるのです。

 僕は、これまで世界中を放浪してあちこちで月を見てきましたが、最も印象深かったのはアンデス高原で見た月でした。

 1978年のアルゼンチン・ワールドカップ観戦のために南米大陸に渡った時、ペルー滞在中に石油の値上げを巡ってゼネストが起こり、交通機関も止まってしまいました。しかし、ボリビア行きの“スト破り”のバスがあるというので僕はそれに飛び乗りました。クスコからボリビアまで、4000メートル近い高原を走るバスです。

 ところが、交通妨害のためにあちこちにバリケードや穴があってバスはなかなか進めません。夜中にバスが止まって、乗客全員で穴を埋め戻す工事をしたこともありました。そんな時、ふと空を見上げると、太陽のように明るい月が煌々と輝いていて、周囲の5000メートル級の山々を照らしていました。空気がきれいで乾燥していて、しかも高地ですから空気が少ないので、月や星がくっきりと見えるのです(「蹴球放浪記」第16回「ユングヨの夜」の巻参照)。

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