後藤健生の「蹴球放浪記」第99回「初夏のキエフの丘でウクライナの歴史を体感」の巻(2)  キエフの教会の重要性と「領土紛争」を起こす愚かさの画像
EURO2012のADカード 提供/後藤健生

 現在、ウクライナは世界の注目を集めている。ロシアが軍事侵攻し、緊迫感が高まっているのだ。蹴球放浪家・後藤健生の心の中にも、この地は深く刻み込まれている。サッカーの世界においても重要な役割を果たした、首都キエフを思い出す。

■生まれ変わったスタジアム

 さて、最初にキエフを訪れた時には冷たい雨に打たれて好印象を持てませんでしたが、2012年にポーランド・ウクライナ共同開催のEURO観戦に訪れた時は初夏の好天に恵まれました。準々決勝のイタリア対イングランド(0対0からPK戦でイタリアが準決勝進出)を観戦したのですが、この時の気温は23度。サッカー観戦のためにも、観光のためにも最高の気候でした。

 オリンピスキー・スタジアムはEURO前に大改装され、屋根付きの近代的な施設になっていました。

 このスタジアムは1923年に建設され、1941年には大規模化工事が終わり、記念試合が行われる予定でしたが、ちょうどその試合の日、6月22日にドイツがソ連に向かって侵攻を開始したという悲劇的な歴史があります。

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