■映画のロケには別のスタジアムが使われましたが…

 ところが、世界大戦直後のパリ市には財政的余裕がなく、1907年にフランス最古の総合スポーツ・クラブ、「ラシン・クラブ・ド・フランス」が建設した古いスタジアムを4万5000人収容に改装して使用することになりました。

 コロンブでは開会式が行われたほか、陸上競技やサッカー、ラグビーなどが行われ、サッカーでは南米のウルグアイが個人技を生かしたサッカーで初優勝してヨーロッパを驚かせました。

 陸上競技を描いた映画『炎のランナー』(ヒュー・ハドソン監督、1981年)はこのパリ大会を題材にしたものです。また、大住良之氏推奨のサッカー映画『勝利への脱出』(ジョン・ヒューストン監督、1981年)も連合軍捕虜チーム対ドイツ軍選抜の試合はコロンブで行われたという設定になってします。

 もっとも、残念ながらどちらの映画もロケは別のスタジアムを使って行われました。

 オリンピックの時には4万5000人収容だったコロンブは、ワールドカップ前にゴール裏スタンドを増設して6万人収容に拡張されました。

 さて、1999年1月のある日、僕はスタッド駅から歩いてスタジアムまでやって来ました。見るからに古色蒼然としたメインスタンドの中央部分が残っていました。今ではスタジアムの屋根には柱などないのが普通ですが、1920年代ではスタンドのあちこちに柱が立っているのが当たり前でした。

 しかし、僕が訪れた時、メインスタンド以外にはスタンドはありませんでした。メイン側と同じようなデザインだったはずのバックスタンドも、両ゴール裏のサイドスタンドもすべて撤去されてしまっていたのです。

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