■またしてもアジア予選でレフェリーの餌食に

 10月26日、それはまさに、「ドーハの悲劇」のちょうど4年後のことだった。日本は予選の6試合目、UAE戦を東京の国立競技場で迎えた。この試合を前に、日本は1勝3分け1敗、勝ち点6で3位。しかし勝ち点7で2位のUAEとの直接対決で勝てば、一挙に「アジアプレーオフ圏内」の2位に浮上できるはずだった。

 日本は前半3分に呂比須ワーグナーの芸術的なシュートで先制する。しかし前半36分にFKからUAEに同点ゴールを許す。後半にはいると岡田武史監督は山口素弘と城彰二を投入、完全に試合を支配してUAEを防戦一方に追い込む。引き分けなら勝利に等しいUAEはファウルがあるたびに倒れたまま起き上がらず、何回もドクターが呼び込まれる。後半44分にはGKムフシンが倒れ、1分半もの時間が費やされた。しかし時計が後半46分41秒を指したとき、コスタリカ人のロドリゴ・バディージャ主審は突然終了の笛を吹いた。

 当時はもちろん、旧国立競技場である。しかもその年はメインスタンド下の主要室内設備の大改装が行われており、本来なら競技関係者、VIP、報道関係者などが交わることのないようきっちりと「動線分け」が行われているはずが、大混乱になっていた。スタンドの記者席から降りて、記者会見場に向かおうとしていた私は、スタジアムの「代々木門」と呼ばれていた入場口内の広場に設けられていたプレハブの建物から、アジアサッカー連盟(AFC)審判委員長であり、この試合の「マッチコミッショナー」を務めていたファルク・ブゾー氏が出てくるのを発見した。

 こんなチャンスを逃すことなどできない。

「この試合のアディショナルタイムの長さについて、あなたの見解は?」

 私は獲物を見つけた猟犬のようにブゾー氏に詰め寄り、短く聞いた。

 シリア人のブゾー氏は、「ジェネラル・ブゾー」と呼ばれている。1978年ワールドカップで主審を務めた元国際審判員で、現役引退後はシリア・サッカー協会の会長を務めるとともにAFCの審判委員長の役職も兼任していた。根っからのサッカー人、サッカーレフェリーなのであるが、同時に、本来の職業はシリア空軍の軍人で、なんと「将軍(ジェネラル)」だった。通常は柔らかな話し方もするが、ぎろっと目をむくと、人を震え上がらせるほどの目力がある。このときも、質問する私にその目を向けた。

「アディショナルタイムの長さを決めるのは、審判の責任であり、権限である」

 そう言うと、さっと別の方向を向いて立ち去った。

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