大住良之の「この世界のコーナーエリアから」連載第59回「笛吹けど踊らず?」(3) ハンス・オフトの「指笛」が起こした波紋の画像
私が女子チームの練習時に使っていたホイッスル。左がモルテンのメタルホイッスル。この形は、英国の「ハドソン商会」がつくった初期のホイッスルの流れを引いている。中にはいったコルクの球はポルトガル製の「天然コルクA級品」だという。値段は1000円程度だった。もうひとつ黒いホイッスルはカナダ製の「FOX40」。中に「球」のない「ビートホイッスル」で、大きな音が出る。こちらは少し高く、2000円近くしたと記憶している。2つつけていたのは、目的に応じて使い分けることではなく、気分によって使い分けていたためである。(c)Y.Osumi

※第2回はこちらから

レフェリー御用達のホイッスルは、そもそも英国で警官たちのために開発された。それまで警官たちはラットルで騒音を鳴らして人々の注意を喚起していた。なんと! みなさん、ご存じでしたか? ラットルとは往年のサポーター必携の騒音発生装置。ちなみに、1970年代後半にラットルズというビートルズのパロディ・バンドが大いに世界の話題となったことがあったが、バンド名は「騒音たち」ということになる。そんなこんなで、今回は、レフェリーが使う小さな道具の物語。

■オフトの指笛が起こした波紋

 さて、私もいくつかのホイッスルをもっている。私の場合、4級審判員の資格はもっているものの、練習試合などではほとんどコーチが審判をしてくれるので、ホイッスルはもっぱら女子チームの練習時の「指導用」ということになる。モルテンの金属製の「ピーホイッスル」と、カナダ製の「FOX40」という「ビートホイッスル」である。

 サッカーのコーチがホイッスルをもつのは、デットマール・クラマーさん以来常識になっている。試合はキックオフから終了まで主審のホイッスルで動いていくのだから、練習はすべて試合のためという考え方からすれば、コーチがホイッスルで選手を動かすのは自然と言えば自然だ。だが、1992年に日本代表監督にハンス・オフトが就任したときに小さからぬ波紋が起きた。

 オフトは基本的なインサイドキックの練習をしたり、やれ「トライアングル」だ、やれ「アイコンタクト」だと、細かな基礎戦術の指導を徹底した。これはプロとしての誇りをもちかけていた選手たちを少なからず傷つけた。なかでも35歳を迎えていたラモス瑠偉を激怒させたのが、オフト監督が選手の注意を喚起するときに用いる指笛だった。

「オレたちはあんたの犬じゃないぞ!」

 ラモスは、オフトに向かってはっきりとそう言った。選手たちをまるで子ども扱いするオフト監督のやり方に、誰よりも大きな不満をもっていたことがその怒りの背景にある。それが指笛で爆発したのだ。ブラジルでも、コーチたちはホイッスルを使うのが常識で、指笛のような「下品な」もので呼び付けられるのは我慢ができなかったのだ。

 オフトと「チームのボス」と言っていいラモスとの衝突は、練習がすべて公開されていた当時は隠しようのないものだった。だがこの対立は、オフトが時を経ずして数々の「結果」を出すことで解消する。ラモスも、その後はオフトのことを選手生活の最大の恩人と語るようになっている。現在も指笛はさまざまなコーチに使用されており、森保一日本代表監督も試合中に使うことがある。

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