■新型コロナウイルスとマスクと笛

 指をくわえて、口笛より大きな音を出す「指笛」も、もちろんオフトの発明ではない。おそらく、人類が狩りをして暮らしていた石器時代から、集団で獲物を追い込むときなどに使われていたのではないか。

 日本では、故・田村大三さんが指笛を音楽芸術にまで高めた人として知られている。右手の人さし指をL字型にして口にくわえ、左手を拡声器のように広げた形で、彼は哀愁に満ちたメロディーを演奏して有名になり(ビブラートが本当に素晴らしかった)、1989年にはニューヨークのカネギー・ホールで演奏会を開き大喝采を浴びた。三女のメミ・グレースさんはその技術を引く第一級の指笛奏者だ。

 ところで、私のホイッスルは、昨年3月以来、ほとんどサッカー練習用のバッグにしまわれたままになってしまった。練習時にホイッスルを使わなくなったきっかけは、もちろん、新型コロナウイルスである。長い活動中止期間が明けて練習が再開されたとき、私は当然ながらマスク姿だった(いまもそうだ)。マスクをしたまま笛を吹くことはできない。当然、声だけで合図をしたり、注意を促したりするしかなかった。

 しかししばらくこれでやっていると、コーチがホイッスルを吹いて選手にあれこれ指図するというのは、どうも軍隊か、あるいはラモスがオフトの指笛に感じたように「犬」の訓練のようで、「人を動かす」ことには向いていないような気がしてきた。だから練習でホイッスルを使うのをやめにした。

 もちろん、私がいくら強く笛を吹いても「どこ吹く風」だった選手たちは、私がいくら大声を出しても動じるようなやわな人たちではない。だから私は意図的に小さな声で話すことにした。集合なら、私の近くにいる選手がそれをみんなに伝える。プレーに関する注意なら、「ストップ!」だけ大きく言い、あとの注意は普通の声だ。声を小さくすると、選手たちは自然に耳をそばだてる。

 おかげで、私の使用エネルギー量はだいぶ減った。これが「SDGs」に貢献するのか、それは不明だが……。

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