大住良之の「この世界のコーナーエリアから」 第14回「そのヒゲにストーリーはあるか?」の画像
“ファラオ”モハメド・サラー(左)とユルゲン・クロップ監督(リバプール) 写真:AFP/アフロ
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「長い間、こんなサッカー・エッセイが読みたかったんだ」ということに気づかせてくれる、もしくは、「なんで、どこのサッカー雑誌にも面白いエッセイが載っていないんだろう」という長年のわだかまりが氷解する。大住さんのこの連載エッセイ「この世界のコーナーエリアから」を読む不思議な快感はそこにあるように思う。今回は、顔のまわりの「むさくさいもの」の話だ。

リバプールFCにヒゲ・ブームが

 プロサッカー選手はそれぞれの時代の男性ファッションのショーウィンドーだ。年齢不相応のカネをもち、練習はほとんど午前中だけで終了するから、時間もたっぷりある。周囲の人から注目もされている。深夜までの深酒は「業務」に支障をきたすため、必然的に、精力の向く先は時代の最先端のファッションということになる。ただ、選手たちは「ユニホーム」という軍隊まがいの没個性の服を着ることを強いられている。個性を強調しうるのは顔から上ということになる。

 顔から上で個性を最も強調できるのはヘアスタイルだろう。プロ野球の選手は帽子までユニホームだが、幸いサッカーでは帽子はかぶらない。Jリーグが始まったころ、サッカー選手が突然髪の色を変えたり、パーマでクルクルにしたり、その変化の大きさは話題になった。古くはビートルズが一世を風靡すれば長髪がはやったかと思うと、近年ではやたら丸刈りの選手が増えたりした。

 最近のファッションは「ヒゲ」のようだ。

 リバプールがイングランドで30年ぶりのリーグ優勝を果たしたが、写真を見るとヒゲを伸ばしている選手が多い。アラブの山賊を思わせるエースのモハメド・サラーのような立派なヒゲ面は他にはいないが、よく見るとアゴのところを伸ばしていたり、「1週間分の無精ヒゲ」のようなものをきれいにトリミングして生やしている選手もいる。全選手の3分の1程度が「ヒゲ選手」になるのではないか。第一、監督のユルゲン・クロップ自体が、白髪交じりのヒゲ面なのだ。

 前回、30年前の1989/90イングランド・リーグ1部(まだプレミアリーグの時代ではない!)で優勝したときのリバプールの写真を見ると、ヒゲを伸ばしているのはGKのブルース・グロベラーとFWのイアン・ラッシュ程度で、2人とも口ヒゲだった。監督のケニー・ダルグリッシュは長い現役時代にもヒゲ面など見たことがなかったし、選手のなかにはピーター・ベアズリー(「ヒゲ男が開拓した土地」の意味)という名の選手もいたが、永遠の少年のようなツルツル顔だった。

 私が鼻の下にヒゲを伸ばし始めたのは1978年のことだった。正月を期して伸ばし始めた。

 前年、アルゼンチンで開かれるワールドカップの1年前の状況を取材しようと初めて南米に行ったとき、ショッキングな出来事があった。アルゼンチンではすでに「伝説」と言っていい存在のスポーツ・カメラマンと話したとき、別れ際にこんな言われ方をしたのだ。

「じゃあな、坊や」

 当時私は25歳。相手は70歳に手が届こうかと見える美しい白髪のダンディーな老人で、子ども扱いされたところでカッと頭に血が上ったわけではない。だがこう聞いてみた。

「では、僕はいくつに見えるんですか?」

 すると彼は即座に答えた。

「16歳」

 翌年のワールドカップのときにはヒゲを伸ばしてこようと固く心に決めたのは、そのときだった。ワールドカップではさまざまなところとときにシビアな交渉をしながら仕事を進めなければならない。子どもとばかにされてはさしつかえがある――。

 それはともかく、ヒゲ面を見ると「どうしてはやすようになったのか」と反射的に考えてしまうのは、そうした自分自身の「ヒゲ・ヒストリー」があるからだろうか。ただ、現在のように「ファッション」になってしまうと、そんなことを聞いても、誰も「ふ~ん」という程度のストーリーも語れないだろう。

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