現場で見たものに賞味期限はない

2008年、北京オリンピック、男子100メートル決勝。1位でゴールですウサイン・ボルト (写真:AP/アフロ)

――10万円はけっこうしますよね?

杉山  たしかに、たった9秒いくつで10万っていうのはめっちゃ高いんですよ。だけど、これがめっちゃ難しいところで。席はめちゃくちゃいい場所。ほぼ記者席ですよ。とはいっても、ゴールまで20メートル、80メートル地点あたり。やっぱりゴールの真横が一番いいわけですよ。100メートルの決勝はギリギリの接戦でしょ。で、ヨーイドンで、選手がバーっとくるじゃないですか。もう速すぎて。速すぎて。で、すぐに80メートル。来た来た、なんとなくアイツだよね、あれアイツアイツ、あれがボルトだ、みたいな。そうすると、もうね、最後は電光掲示板見ちゃってたりする(笑)。

――とにかく一瞬なんですね(笑)。

杉山  なんなんだ、これ、みたいな。だいたい100メートルはいつもそんな調子。高いお金を払ってチケットを買ったのに、最後は場内のスクリーンに目を向けている。

――でも払って見るんですね。

杉山  なんて言うか、そういう歴史的現場にいたいからかな。ミーハーだし。そういう気持ち、分からないかな。でも、よく見えてないんだよ(笑)。

戸塚  でも、その場にいればそれもネタになりますからね。よく見えてないということだって、現場だから知り得るネタになる。そこにいないと分からないことです。

杉山  もう見えないんですよ、全然。

戸塚  現場で見ておけば、いつでも原稿にできますよね。見たものに賞味期限はないから。9秒いくつのレースが10万円でも、払う価値はある。死ぬまでにはペイできるんじゃないですかね。

杉山  そうそう。だからオリンピックって、やっぱりサッカーだけじゃないっていうのが僕の中にあって。でもその中にサッカーが入っていて、それとどう向き合うか。テレビで見てる人はさ、サッカーを見た後、すぐ柔道も体操も観戦できる。でもそれだったら、東京オリンピックじゃなくてもみんな同じなんですよ。東京でやってるっていうのは、何かを生で見るっていう話だと思うんです。だって可能性があるでしょ。ロンドンとかリオとかは100%テレビじゃないですか。それとの違いですよね。見られる、実際に見ることができる可能性が東京オリンピックにはある。テレビには映らないものを、実際に見ることができる。

戸塚  間違いないですよね。

杉山  オリンピックはテレビ観戦に適した大会なんだけど、それでは匂いとかはしないわけ。今みたいに半分自慢げに語れないんですよ(笑)。その差だけですね。

戸塚 情報を網羅するなら、テレビ観戦が一番いい。誤解を恐れずに言えば、テレビを見ながら原稿を書いたほうが、決定的なシーンを何度も再生してもらえるから事実の間違いはない。でも、それだと杉山さんが言う現場の臭いがしない。どちらを選ぶかですけど、原稿を書くなら現場に行かないと。

――一生ものになりますね。

杉山  一生のものか分からないけどね。あと、僕は冬のオリンピックも4回ぐらい行ってるんですよ。冬の方が種目が少ないんです。だからたくさん見られる。非日常的というか、異次元の体験もできる。ただ、それぞれの場所が遠いっていう問題がある。これがコンパクトな冬のオリンピックだとものすごくいいですよね。

戸塚  冬の五輪は寒そうだな……。

――戸塚さんは五輪の取材はリオだけでしたよね。

戸塚  リオだけです。それもサッカー日本代表だけだから、何もわからなかったです。他の競技もわからないし、他の国のサッカーだってろくに見れてないですね。

杉山  まあ日本戦は見れてるじゃない。

戸塚  日本戦は生で見てますが、あとは他のグループの試合が同じ会場でやっていたのは見れたんですが。だから、リオ五輪だから、ブラジル代表の試合全部見ました? って言われると、見てない。

杉山 そうそう。近所のおばさんとかにね、オリンピックから今、帰ってきたところなんですなんて言ったら、あれ見たんですか? あれは見たんですか? なんて次々言われるんですよ。でも、いや、見てない、それも見てない、なんて言うと、エーッ! 何しに行ってきたんですか!? みたいなこと言われちゃうんですよ(笑)。日本でテレビを見ていたおばさんの方がたくさん見ているの。

戸塚 そうなんですよね。

 来夏に延期された東京五輪。はたして、57年ぶりに自国で行われる五輪で、サッカー日本代表は躍進を果たせるのか。男子サッカーの出場制限の行方、森保監督のチーム作りなど、今後も注目していきたい。

※ 杉山氏・戸塚氏対談は今後もアップ予定です。お楽しみに。

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