■政府の急激な方針転換の直前に
政府の方針転換によって、それ以降、日本の社会は急激に自粛ムードに包まれるようになった。
政府の対応は、この前後で大きく異なっていた。
安倍首相によるイベント自粛要請の前日、2月25日には厚生労働省は各主催者に「イベント開催の必要性を改めて検討していただくようにお願い」するとした一方で、「現時点で政府として一律の自粛要請を行うものでは」ないという国民向けのメッセージをわざわざ出しているのだ。
そうした政府の急激な方針転換の直前に、Jリーグとプロ野球は“イベントの自粛”(中断もしくは無観客開催)を決めたのだった。
政府の要請は強制力を伴うものではない。3月14日に施行された「新型コロナウイルス特措法」に基づいて緊急事態が宣言されたとしても、政府が強制力をもってイベントを中止させられるわけではない。だが、「同調圧力」が強い日本の社会では法的強制を伴わない要請であっても、かなりの効果があるはずだ。
だが、政府の要請に追従する形で付和雷同的に社会が一斉に動くというのはけっして望ましいこととは言えない。
実際、2月26日の安倍首相の要請を受けて数多くのスポーツ・文化イベントが中止となったが、そんな中で劇作家の野田秀樹氏は敢えて「公演中止で本当に良いのか」という意見書を発表して、そうした動きに批判的なコメントをして物議を醸した。政府の要請によってすべてが動く日本社会に一種の“危うさ”を感じたからなのだろう。
文化もスポーツも政治からの独立性を守るべきなのだ。政府の要請や世間の雰囲気といった“圧力”に押されて、すべてを自粛すればいいというものではない。
その意味で(「スポーツの政治からの独立性を守る」という意味で)、Jリーグとプロ野球という日本を代表する2つのプロ・スポーツ組織が安倍首相の要請表明より前に、自らの責任によって決定を下したことの意義は(それがたった1日の差であったとしても)きわめて大きいものだった。
その後、3月2日にJリーグ(公益社団法人日本プロサッカーリーグ)とプロ野球(一般社団法人日本野球機構=NPB)は「新型コロナウイルス対策連絡会議」を設立し、同連絡会議の下に「専門家チーム」を設置して、アドバイスを受けながら意思決定をしていくことを決めた(「同連絡会議」の設立は3月12日)。
1992年にJリーグが発足して以来、とかくライバル関係にあると見なされたプロ野球機構とJリーグが速やかに協力態勢を整えたことは画期的なことだ。
<後編に続く>