蹴球放浪家・後藤健生の放浪仲間であり、日本サッカー界を牽引した名物ライター・田村修一さんが天へと旅立った。旅先では常にトラブルに見舞われながらも、必ず誰かに助けられる不思議な「人徳」を備えていた彼。実はライターとして“締め切りを守れない”という致命的な弱点を抱えていたにもかかわらず、なぜか仕事の依頼が途切れることは決してなかった。彼が誰からも愛された理由には、現代の私たちが社会で生きていくうえで大切にしたい「愛される才能」のヒントが隠されている。前編では、対照的な後藤氏の仕事術とともに、不器用なほど真面目だった田村さんの素顔に迫る。
■編集者もこっそりサバを読む!? 伝説的な“締め切り破り”
今週も前回に引き続いて、亡くなった田村修一さんの思い出です。
先週は田村さんが「放浪家」だった、つまりかなりの方向音痴だったという話でしたが、今週は田村さんが締め切りを守らないことで有名な人だったという話です。
プロの物書きには「締め切り」という悩みが付き物です。特に、紙の媒体の場合は原稿を印刷して、製本して、本屋さんまで運ぶという物理的な作業が必要なので締め切りはとても重要でした。
僕は、ほぼ100%締め切りを厳守します。しかし、田村さんはその締め切りを守らないので有名だったのです。
ですから、原稿を発注する編集者側もサバを読んで発注します。本当は木曜日が締め切りでも、田村さんには「月曜日にお願いします」と言うのです。で、僕は編集者から「田村さんには月曜日って言ってありますから、木曜日というのは秘密でお願いします」とよく言われたものでした。
もっとも、田村さんのほうでも「編集者がサバを読むだろう」と予想していましたから、結局、木曜日には間に合わないこともしょっちゅうありました。



























